1999年8月15日〜21日



ベトナムにはじめて行った
ベトナム人看護婦養成支援事業の特別夏期講習
4期生22名を対象に1週間

「日本語教育の段階で国語の教科指導ができないだろうか?」
「できないかではなくて、やるべきでしょう」
つい、言っちゃったのがことの発端…

各予備校の夏期講習と、S学園高校の集中講座の間
ポッカリ空いた(空けた)1週間
看護学校の実際の入試問題をテキストに
高齢化・少子化等の話題も合わせて講義してきました

「どうせ行くんだったら、北京から国際列車で行きたい」
もちろん却下。でも、来年こそは…

出発ーたびだちー(8/15)

○匂いで探せ!???
早朝のNEXで出発。まだお目にかかったことがない化学のO先生とは成田のキャセイ航空のカウンターで待ちあわせ。事務局の司令では「だいたい、匂いでわかるでしょ?中国に何回も行ってるんだから…」「……」いわんとするところはわかりますよ。なんとなく、普通の観光客でもないし、好奇心で目がぎらぎらしてて…。しかし、夏休みの混雑した成田空港で果たして?いやあ、行ってみるとわかるもんですねえ。目が合った瞬間にどちらからともなく…でした。

○なかなか快適な4時間半フライト
出発ラウンジで「日本最後の生ビール」を呑みながら自己紹介。O先生は小田原の看護学校で教えていらっしゃるとのこと。
10:00、CX501便香港行きで出発。最新鋭のB−777には初めて乗ったが、これがなかなか快適!充実した機内食に舌鼓を打ち、各席に設置されたモニターで空の様子を楽しんだり、香港映画を見ながら一路香港へ。台湾上空を通過して新装なった香港空港に予定通り着陸。

○飲茶
香港では2時間のトランジット。台北への家族旅行から合流の事務局のNさんとも無事に落ち合う。実は香港は初めての私…。大きな飛行場にちょっと驚く。中国茶を飲んで一休み。

○アオザイを来たスチュワーデス登場
香港からはいよいよベトナム航空。機内には民族衣装のピンクのアオザイを着たスチュワーデスが迎えてくれた。左右3列づつのエアバスA300。こんなに小さな国際線は初めての体験。ビデオスクリーンなどあるはずもなく、救命胴衣の付け方などスチュワーデスが実演してくれる。
早速機内食。どんなものかと期待半分不安半分で待っていると、ヌードル系と魚系を選択できるらしい。迷わず「ヌードル」すると…これはヤキソバですね。でも、私には美味しく感じた。お隣りのO先生は不思議そうな顔をしていらっしゃる。ちなみに窓際のベトナム人女性は、なぜか日本語で「まずい」といったそうな…。飲み物はベトナム産のタイガービールがあったので、早速賞味。ベトナム人は「ベトナムのビールだ」と言い張るが、フランスの資本と技術が入っているので、割と美味しい。その後は「お茶でも…」と思っているところへワインの瓶を両手に持ったアオザイじゃなかったスチュワーデスが登場。喜んで白ワインをいただく。
配られた入国書類を記入していると、もう着陸態勢。速いんですね。香港ーハノイ間は正味1時間40分程度でした。

○ハノイで最初に見たものは…
ハノイ・ノイバイ空港に無事到着。タラップから降りたのは初めてじゃないかな。空港ビル???掘立て小屋?まではバスで向かう。早速入国審査、さすがにベトナム政府の招致状の威力は凄まじく?何のお咎めもなし。書類もよく分からなくて記入していないところもあったのだが…。空港の第一印象としては、10年前の上海空港ですね。改装する前は狭くて異様に暗かったのだけど、まさにあの感じ。欧州便も飛ぶ首都の国際空港のはずなのだが…。
税関を通って外に出ると、そこはひと、ひと、人の洪水。出迎えにしては多すぎる。ま、ほとんどがタクシーの客引きなんでしょうが。HOTELから車で迎えに来てくれたのはハノイ大学の英語専攻を卒業したばかりのホアさん。(かわいい)学生時代は我々の宿舎であるTRANG AN U Hotelでアルバイトをしていたとのことで、ここを定宿にするN氏とは旧知の仲。
車に乗ってハノイ市内に向かう。有料道路(高速道路らしい)に入ったとたん急停車。前を見ると、「水牛」の群れが横断中…
とにかく私の印象は「上海みたい…」しかし上海と決定的に違うのはバイクの洪水。中国の自転車が全部バイクだと思えばいい。二人乗りは当たり前、なんせ、あのラーメン屋の出前などで使うホンダのカブに二人乗り用の足掛けがついている。ヘルメットはなし。家族全員なんじゃないだろうか、子供も含めて5人ぐらい乗っているバイクも…

○夕食はピアノバー
ハノイ市内の中心をちょっと外れたフエ通りにある「チャン・アン ホテル」に到着。旧フランス統治時代を思わせるおしゃれな造りのミニホテル。各階一部屋ずつあるVIP ROOM に一人ずつ入る。私は3階の通りに面した大きな部屋。天井が異様に高く、大型のダブルベット。冷蔵庫とクーラー、テレビもついていてなかなか快適。早速着替えて食事に。
フロントにはJFB日本語教育センターで事務を勤めるイエンさん(婚約中!)が待っていてくれて、食事に出かける。近くの貴金属店?で両替。空港や銀行よりレートはよいそうだけど、きっと闇なんだろう…。まずはN氏がお買い物。衣料品店に入ると中国製を中心とした「安い」服の山。ズボンなんか日本円で600円ぐらいで、その場で裾も直してくれる。O先生曰く「手ぶらで来て、こっちで買えばよかった…」
タクシーに乗って「ピアノバー」と呼ばれるベトナム料理店へ。「ピアノの生演奏が流れるバー」で、ガイドブックにも載っているので観光客も必ず立ち寄るお店とのこと。案の定、日本人のおじさんが食事しており、流れる音楽は日本の曲ばかり…。まずはサイゴン(ホーチミンシチー)のビール「333(バー・バー・バー)」で乾杯。初めて食すベトナム料理は「美味い!」野菜が豊富で肉厚なんですね。あんなに厚いピーマン、初めて食べた。さらに、本日の大ヒットは「オック(タニシ)」。居酒屋の突き出しで出てくるような小さいものではなく、とにかく大きい。手のひらサイズのタニシの身を鶏肉などと一緒に団子状にして詰めてある。これが美味。ハノイの名物なんだそうです。
タクシーでホテルに帰って23:00、ちょっと早いけど寝ようと思っていると…よく考えたら時差が2時間あるから、感覚的にはもう午前1時なんですね。さすがに疲れた。明日からは早速授業開始。おやすみ。

授業開始(8/16)

○朝食は「フォー」
朝6時半、通りのバイクの音で起床。何せ授業開始は8時なのです。従って、7時半にはホテルを出発しなければならない。
正直に言うと「なんで俺の授業、毎日午前中なの?!」って思っていたのです。「事務局の陰謀か?N氏の気まぐれか?大体、僕が夜型人間なの知っているでしょ?」しかし……お昼になってこれは「N氏の愛」だと判明したのです(なんのこっちゃ)ま、その辺の事情は後程。
7時ちょっと前にフロントに降りてみると、既にO先生が辞書とカメラを片手にホテルのスタッフと話し込んでいらっしゃる。ツアー以外の海外旅行は初めてとのことだが、好奇心旺盛と言うかバイタリティー溢れると言うか…とにかく、熱心な先生に来ていただいて生徒達も幸せです。通りは既にバイクと自転車の洪水。歩道には、一杯野菜やら衣類やらを積んだ天秤を担いだ女性が歩いている。いよいよ、「ベトナム」ですね。
で、早速食堂へ。フランス統治の名残でフランスパンが美味しいのだが、とりあえず初日なのでN氏おすすめの「フォー」に挑戦。あっさりした味のうどん風の米麺。鶏肉入りの「フォー・ガー」に卵を入れてもらうのが通なのだとか。味はあまり濃くなく、そうそう京都駅の立ち食いうどん関西風と言った感じ。レモンと香辛料が付いてくる。O先生、「辛いですよ」と教えてあげたのに香辛料全部入れちゃって…大汗かいていらっしゃいました。

○「朝市」を通り抜けて学校へ
7時40分、タクシーで学校へ向かう。市内を抜けてハノイから南へ向かう鉄道沿いの広い道を走る。右手にはベトナム戦争の際、北爆で全壊したバクマイ病院が見える。
線路を渡って、朝市の商店街(とは言っても、舗装もしていない裏路地)を人を掻き分けながら進む。そしてようやく辿り着いたのが「ヴェトナム教育訓練省立経営幹部養成校」この一角に「JFBハノイ日本語教育センター」があります。校舎に入ると、副校長のナムさんが出迎えてくれる。彼は日本語教育センターの管理担当者であり、中国語教師、そして「ビール」と「ワイフ」が大好き!な、素敵なお父さんです。
生徒たちは昨日まで夏休み。また、9月からの新学期に向けて突貫工事で教室の改装中、普段使っている教室の上の階に教室を変更したため、また我々の到着も8時を過ぎていたこともあり、8時半頃になってようやく全員集合。早くも「ベトナム時間」か?

○「特別夏期講習」スタート
さて、N氏の紹介で生徒たちにあいさつ。その最中に今春の3期生の指導で面識のあるN口先生と再会。彼は夜間開講の「社会人向け日本語上級コース」を担当している。
生徒たちに日程を説明。今日から4日間、午前中4時間「国語」、午後から2時間O先生の「化学」、夕方1時間N氏が「日本語」を担当。N氏の説明に対する反応を見る限り、日本語への不安はあまりなさそう。
いよいよ、授業開始。化学の実験道具を購入に出かけるとのことで、いきなり私一人で22名の生徒を預かることになった。22名の内訳は、昨年12月の日本語能力検定に合格できなかったか、英語などの力不足で今春の留学を許されなかった3期生の残党5名と、4期生17名。はっきり言って「うるさかった」3期生に比べると、だいぶおとなしい印象。
今回の講習では12月の日本語能力検定受験準備と平行して、どこまで「国語」の準備ができるかというのが「私」のポイント。生徒たちには日本の看護学校受験の「国語」がどんなものなのか、どんな知識が必要なのかを伝授するのがポイント。そこで、日本語能力検定の出題内容も睨みつつ「指示語」「接続語」を使って簡単な入試問題を解くことと、日本の看護・医療・社会の状況を合わせて話すことにする。
2期生の3名の時も、3期生10名が日本に来た時もそうだったけど、あの一瞬たじろぎそうになる澄んだ瞳と、好奇心一杯の真剣な眼差し。このプログラムに関わる者として、最初のこの一瞬が一番幸せな瞬間なのです。
まずは「時間厳守」を約束。2期生の時も「ベトナム時間」に悩まされた。我々にとって外国人である彼女たちに、彼女たちの外国語である日本語で怒るというめったにない経験をした原因もこの「ベトナム時間」。紹介の際N氏が「J先生は非常に厳しいです。1月に日本に行くと、みんな泣きながら勉強しています」「……(おいおい)」泣かしたのは「ベトナム時間」で他の先生に迷惑かけた時(2期生)と、まだ受験が続いていて頑張っている仲間がいるのに、合格が決まった連中が授業中に寝てた時(3期生)だけなのに…(それだけ泣かせりゃ充分?)でも、みんな恐れることなく、ニコニコしながら聞いている。「朝早くて大変だけど、頑張ろう。それに看護婦になったら時間厳守は一番大切なことだよね。もしミスがあったら患者さんはどうなる?」「死んじゃいます」そうそう、その調子。斯くして翌日から8時前には全員集合となりました。《後で「通常ベトナムの学校は7時から始まる」と聞いて、愕然とした》

○「寒いです。冷蔵庫の中みたいです…」
45分ごとに休み時間。今回は工事の関係でクーラーが利いている快適な部屋。(でも、私には暑い)休み時間にクーラーの側に行って団扇で扇いでいると、生徒が何人か寄ってきてノートで扇いでくれたり扇風機のスイッチを入れてこちらに向けてくれる。しかし、大半の生徒は外で涼んでいる(とは言わないか…あれはどう見ても暖まっている?!)帰ってきた生徒に「寒い?」聞くと「冷蔵庫の中みたいです」なるほどね。普段クーラーなんか使わないから、常温に慣れているわけね。てな訳で、教壇の周りだけクーラーを付け、後ろの方は窓を開けるということになりました。そんなこんなで、早速生徒たちと打ち解けることが出来て、楽しく終了。「明日は簡単な文章を読んでみよう」と言うとニコニコして「はい」と応える子半分、不安そうな表情の子半分といったところでした。

○昼食はハノイ名物「ブン・チャー」と「ビアホイ」
教務室(とは言っても改装中なので一時的に荷物を運び込んだLL教室)に戻ると、O先生がさっそく実験の準備をしていらっしゃる。中国製の実験器具が売っていたらしい。薬品も手に入った。けれど「空港で手荷物検査なかったから、日本から持ってきちゃえばよかったねえ…」でも先生、もし検査されたら大変でしたよ!
昼食は学校の食堂で。ナムさん、イエンさん、N口先生も交えて名物の「ブン・チャー」そうめんのような米麺を付けダレで食す。タレの具は肉の炭火焼(狗肉らしい…)さらに、ペットボトルに入った液体登場!中身は、これが噂の「ビアホイ」学校の隣りがビール工場で、そこから出来立ての生ビールを買ってきて冷やしてくれていたらしい。N氏曰く「授業午前中でよかったでしょ?」ありがとうございます。幸せです。

○涼しげな喫茶店でお茶。その名も「リプトン」
学校の近くの喫茶店、とは言っても民家の庭先にテーブルが並べてあり扇風機も置いてあるお店で休憩。私はベトナム珈琲。ティー(つまり紅茶)と言っても通じない。「リプトン」が紅茶の代名詞なのです。ちなみにバイクは日本製だろうが旧ソ連製だろうが全て「ホンダ」
午後からは日本から持ち込んだ小論文の添削をしたり、化学の実験の様子を見学。ベトナムの学校では(少なくとも高校までは)理論的には教えるけれど、理科の実験はやらないのだそうです。だから、彼女たちにとっては初めて体験する「実験」です。見て下さい嬉しそうな、生き生きとした生徒の表情

○夕食は庶民料理に挑戦
ホテルに帰りついた我々は、町中に点在する屋台のような、それでもちゃんとした店を構えている「クアンコム」と呼ばれる食堂に出かけました。店先に並べられている肉や野菜などから材料を選ぶと調理してくれます。中国料理みたいに油濃くないので食べやすく、日本人の味覚にはちょうどよい。衛生的には「ちょっとどうかな」とも思いますが…。「ビア・ハノイー」(ハノイビール)を頼むとどこかで買ってきてくれたらしく、よく冷えている。しかし…おしゃれな色のグラスには無数の蟻さんが…。ちなみにベトナムの食堂、こんな庶民的な店から昨日行ったピアノバーのような店まで、どこに行っても食器を「拭く」紙が準備されています。これで、箸や皿やコップを各自で拭いて、納得してから食べるのです…。まあ、ホテルや高級料理店ではどうか知りませんけどね。中国ではホテルのレストランでも怪しかったりしますから、「これは汚れてますよ〜、コレで拭いて下さぁ〜い」と紙を置いてあるだけ良心的と言えるのではないでしょうか…。でも、美味しかったですよ。ずいぶんボラレましたけど。ねえ、Nさん。
帰路はNさん行き付けの喫茶店で「リプトン」。美味しい1日が終わりました(笑)

列車に遭遇したぞ!(8/17)

○ベトナムの列車に遭遇
朝、タクシーで学校に向かう途中、念願の列車に遭遇した。(私は鉄道ファン)この路線、ハノイから南に向かってホーチミン市まで伸びている路線で、1日3本しか列車が通らないらしい。現にハノイ駅から何キロも離れていないのに、線路の上で商売しているおばちゃんはいるは、草生していて、まるでどこかの廃線跡のように見えるは…
Nさんなど「いやぁ、J内先生、さすが鉄っちゃん(鉄道ファン)の執念だね。僕なんか初めて見たよ」なんて言い出す始末。真っ赤な機関車に引かれた貨客混合列車。実は帰るまでに、都合3回も遭遇することになる。その度に「いやぁ、さすが…」
それと言うのも、タクシーの運チャンが道を間違えてくれたおかげ…(笑)で、予定通りならとっくに学校に着いてなければいけない時間。そんなこんなで学校到着は8:15…生徒、待ってるぞ〜!

○入試問題に挑戦
今日は某医療系専門学校の入試問題に挑戦。入試問題とは言っても「指示語」が指す内容がわかって、「接続語」がどのように文をつないでいるかがわかればOK。長文全体の内容把握はまだ厳しいようだけど、短い文ならみんな大丈夫。そこで、接続語の説明を兼ねて段落ごとのつながりを板書してみると…日本語の教科書を取り出して接続語に印を付けて読み出したりし始める。よしよし、その調子。
少し話を拡げて漢字とかな字の関係について話すと、本当に眼が輝いてきた。「安」→「あ」・「伊」→「イ」などと書いて説明すると「わぁ〜」と(しかも日本語で!)かわいい喚声が…。我々にとっても新鮮な一瞬なんですよ。

○「ブンチャ」はやっぱり美味しい
ナムさんや日本語のT先生、N口先生も一緒に学校の近くの「ブンチャ」の店へ。ここの方が学校よりも美味しいのだとか。
ところで、ナムさんが中国語教師であることは既に書いたけど、N氏も中国文学科卒業で台湾留学の経験もあり。従って、二人の会話は事務的なものも含めて中国語なのです。英語が苦手な私はかえってよかったのだけど、しばらく実践的な中国語から離れていたから、言ってることは分かるのだけど上手く反応できない。なのに、N氏が「他是学習漢語」(彼も中国語を勉強している)と教えてしまったのです。このブンチャの店で!早速ビアハノイーで「乾杯!」

○フランス統治時代からのお洒落?なレストランヘ
夜はナムさん、O先生、N氏、4人でホテルの近くのレストランヘ。わりと高級なのかなと思ったのだが、ごく普通の庶民(と言っても中流家庭?)が偶に家族で来るような店。旧フランスの統治下にあった頃から続いている店らしい。
今日は食事の後でN氏とナムさんがハノイ外国語大学の日本語の先生に会いに行くはずだったのだけど、話がはずんでしまって延期。ナムさんの大好きなものは1番目が奥さん、次が酒だそうだ。
帰りにN氏行き付けの喫茶店で「リプトン」しかし、なぜ普通の喫茶店なのに、あんなに暗いのだろうか…。

さて、明日は日本の国会議員が視察に来る。気合を入れて、でも自然体で…

快適!バイクタクシー(8/18)

○お〜い!教育省の皆さ〜ん…
今日は日本からODA(政府開発援助)の円借款視察団の国会議員の方々がこのプログラムの生徒、そして講師陣の激励に来て下さるとのこと。団長の議員の方が、実はJFBの顧問なのです。
どうも、9時から教育省で懇談、その後来校の予定らしい。着た時に授業が終わっていたらしょうがないのでと、30分遅らせてスタート。初日に「ベトナム時間禁止」と約束したのに、今日も遅れてしまう。
そんな訳で、まあある意味では楽しみにしていたのだけど………、なんかいろいろあるらしく、教育省としてはあまり「行かせたくはない」雰囲気。だから、来るかもしれないし、来ないかもしれない。でも、もし来るのなら、実は僕にも目論見があったのです。教育省の幹部や日本大使館からも役人が来るらしいので、単に日本語教育をするだけじゃなく「看護婦養成」という大目標に向かって授業をやってるんだぞ。それも、将来的にはベトナムのために!ということをある意味でアピールできるような教材を用意したのです。もちろん、生徒のために、入試でよく取り上げられる「高齢化」「少子化」「高福祉化」などの知識を交えて講義できるようなものを。そして「ベトナムの現状と比較して将来のことを、生徒たちの意見も拾えたら…。」そして「そんな場に来てくれたら…。」と考えていたのです。内容的には大満足。生徒たちもやはり興味や関心がある話だから、授業に集中している。本当にいい感じの授業でした。
にもかかわらず、やっぱりいらっしゃいませんでした。(笑)
ちなみに、「よし」と気合を入れてネクタイを絞めて教室に行ったら「あっ、ネクタイ〜!」と生徒の黄色い声(笑)。暑い国だから、公の場じゃないとネクタイなどしないのですね。

○今日のビアホイはポリタンクで…
スタートが遅れたのと、ナムさんが教育省に出かけていたので15分延長。教務室に帰ると5月から化学と数学を担当しているU先生が登場。彼とも3月に一度お会いしています。その時がこのプログラムに参加するかどうかの打ち合わせだったようです。つかの間の夏休みを隣国のラオスで過ごしてきたとのこと。
U先生も交えて学校の食堂へ。例によって「ブン・チャ」と思ったら、時間が遅くて品切れ。すると、さすが副校長ナムさんの力は絶大!卵焼きやら野菜炒めやら特別に作っていただきました。卵が美味しいですね。ちなみにハノイ講師陣の共通見解は「いつもより美味しい!今度からナムさんと食べに来よう!」そして「ビアホイ」あらら、今日はガソリンでも入りそうなポリタンクに入っている。しかも、呑んだ分だけしか料金とらないそうですよ。そんなところは良心的。授業が充実してたのと、やはり気が張ってたのが緩んで、少し多めにいただきました(笑)
日本語のT先生、Nさんと2時近くまで談笑して、午後からは小論文添削とN口先生に譲ってもらった絵葉書で日本の仲間へ…

○バドミントンで生徒と勝負!
ベトナム人の行動パターンは合理的?です。昼間は暑いから早くから行動して、午後は昼寝時間なんですね。下手したら我々が学校に向かう時間にはもう一仕事終えて「ビアホイ」で乾杯です…。そして、夕方になると外に出てきて活動。校内にはバドミントンとバレーボールのコートがあります。生徒に誘われて、放課後の一時をバドミントンで勝負!みんな上手いんですね。屋外のコートだけれどネットも張って、男性も女性もサンダル姿で、それでも上手いんです。よく見てみると、ちゃんとポイントも数えている…。そんなベトナム人達に刺激された元体育会バドミントン選手の私。結果は…………「ごめん!日本に帰ったら、ラケット1本送るから…」………本日の収穫「破損ラケット1本」

○初めてのバイクタクシー
今日もナムさんとお食事。N氏がナムさん自慢の150ccホンダ・ドリームUに乗せてもらい、私とO先生は学校前にたむろするバイクタクシーのおじさんに乗せてもらって、とりあえずホテルへ。これがなかなか快適………なんだけど、交通量も多く、マナーも決してヨロシクはないハノイの街、しかもノーヘル。 日本じゃ、絶対乗れないですね。
ホテルの近くの昨日とは違うレストランヘ。この後、ナムさんとNさんは昨日行けなかった外国語大の先生のところへ行くので、早めに……のはずが、最後は中国語でナムさんに挑発?されて「ビアハノイー」で飲み干した瞬間にグラスを裏返す中国式一気飲みで勝負。結果は…負けました。

○ホアンキエム湖までお散歩
外大の先生のお宅に向かった二人と別れて、私とO先生は散歩。2キロ弱離れているホアンキエム湖周辺に外国人向けの土産物屋などが多いとのこと。外国人向けと言うより、電器店なども並ぶ繁華街。もちろん、物乞いも沢山いたけれど…。
本屋で「日越語辞典」とベトナム語版「ドラえもん」を買って帰りました。

さあ、明日は授業最終日。最後まで楽しく、でも気合を入れて頑張りませう。

雷魚で乾杯(8/19)

○フランスパンとリプトン
朝食の話が途絶えていたので少々。2日目の朝にフォー・ガーを食べた話は書きましたが、次の朝はパンにしてみたんです。早朝の市内を歩いてみると、いたるところにフランスパンの露天があります。ホテルの食堂で「ブレッド」と頼むと、おもむろに外に買いに行くんですね。で、にっこり微笑みながらパンを抱えて帰って来る。そして、さくっ、さくっとパンを切る音が聞こえて、その後にジャムとバター、そしてバナナとオレンジジュースと共に運ばれてきます。普段、朝食はほとんど食べないのですが、このフランスパンにはまってしまい、結局最終日まで食べつづけてしまいました。そして食後の「リプトン」。この1週間、食事は大満足でした。

○授業最終日はビシッと8:00スタート
いよいよ授業最終日。8時ちょうどにスタートしました(やっと………笑)
今日は全国の小学校の先生の研修が行われているとのことで、昨日まで使った「冷蔵庫」教室が使えません。相当暑いのだろうと覚悟して教室に入ってみると……意外に涼しいのですね。天井には大きな扇風機が回っています。
昨日の続きで「入試問題」の解説。既に高齢化や少子化の説明はしてあるので、難しい内容ではあるけど、みんな理解してくれている様子。ベトナム社会の「高齢化」の話を交えながら進めていきました。
途中で生徒たちから「その猫は、なんで看護のお守りなんですか?」と質問がありました。実は私が初めて教えた「看護志望」の生徒からクリスマスのプレゼントで貰った小さな猫のヌイグルミがあるのですが、私の教え子たちがみな入試の時にお守りとして持っていくのです。留学生達も含めて。それを教室に持ち込んでいたのです。これは話すと長くなるのだけど、その看護志望第1号の生徒の「守護神」が猫であること。入試の時にお守り代わりに連れていって見事合格したこと。実は幼い頃にお母さんを亡くしていて、どうも黒い猫が、まるでお母さんの魂が乗り移っているかのように見守ってくれているかのようなエピソードがいくつかあって、僕は無宗教だけどやはり「人の魂と言うものは、たとえ死んでしまっても生きていて、頑張っていると必ず見守ってくれているんだよ」という話を掻い摘んで話したんです。プライベートなことなので多くは書く事ができないのですが、これから「命」に携わっていこうとしている彼女たちの心にもうたれるものがあったようです。
そんな話が一段落した所に、日本語のT先生が入ってきました。「なんだ、今とっても感動的な話が、ちょうど終わった所だったのに、おしいなあ」と言うと全員で大爆笑でした。
そして最後の50分。予定の教材はすべて滞りなく終了。「楽しかったです」「もっと先生の授業を聞きたいです」という生徒たちの言葉に一安心「12月の日本語能力検定に合格して、必ず全員で日本に来ること!」と約束して授業を終了しました。
夕方、すべての授業が終了した後、全員で記念撮影。「がんばれベトナム留学生」のトップページの写真がこの時のものです。

○夜の日本語上級コースを見学
夜7時からスタートする、中・上級者向けの一般社会人対象の授業を見学しました。N口先生とT橋先生が担当。看護の生徒のうち数名も出席していました。ベトナムの日本語教育事情ついては「プログラムが紹介されました!」記載のN氏の文章を参照していただきたいのですが、なかなか盛況のようです。

○雷魚料理で乾杯
「今日こそは……」と外大の日本語主任の先生の元にでかけていったN氏とナムさん。夕食は別行動と言うことにして、A先生、U先生のバイクで旧市街地に向かいました。このバイクが旧ソ連製のカッコイイ(笑)バイクで、スピードメーターが全く動かない素敵なバイクなのです…。
A先生は英語を担当。昨年度に引き続いて2年目のハノイ滞在です。今回の夏休みは南のホーチミン(サイゴン)へ。帰りは40数時間かけて列車で今朝早くに帰ってきたばかりです。もう完全にベトナム人化していて、列車の中などでも黙ってさえいればベトナム人と間違えられるのだとか……。
旧市街にある雷魚料理のお店は結構有名なお店らしく、外国人の旅行者らしきグループも来ていました。テーブルの上に七輪を置いてその上にフライパン。大変な暑さですが美味しい。雷魚なんて始めて
食べましたが、なかなかの美味でありました。

ハノイ市内見学(8/20)

○日本語の授業再開
さて、昨日で特別夏期講習も終了。通常の日本語能力検定合格を目指した授業と、看護学校受験に向けた英語、数学、化学の授業が再開されました。4期生は日本語能力検定2級合格を目指してT先生とI先生が担当。3期の残党5名については、やはりどうしても能力差がありますのでN口先生が別の教室を使って上級向けの授業をしてくれています。O先生と共にしばし見学。もう授業がないと思うとちょっと寂しい気がします。

○バクマイ病院見学
今日は最終日と言うことで、1日ハノイ市内の観光です。学校の車で、実は事務のイエンさんの婚約者が運転手、案内役のナムさん、N氏、O先生、私と5人で出発しました。
まず初めは私の希望でバクマイ病院。学校からさほど離れていない場所の大通りに面した大きな病院です。全国の病院を指導する立場にあるとのこと。ベトナム戦争の時には、アメリカ軍による「北爆」のため、3度に渡って爆撃を受けました。建物に大きな赤十字のマークを付けていたにもかかわらず…。医師、看護婦、患者ら28人が犠牲になりました。病院の片隅に慰霊碑があり、犠牲者の名前と年齢が記されています。現在の院長先生は爆撃の時に地下室で手術をしていた執刀医だったとのこと。
病院内もちょっとのぞきましたが、病院特有の消毒薬の臭いがしないのです。どちらかと言うとすえたような…。病室も1つのベットに2人ずつ寝かされているような状態で、衛生的にも好ましくない状態です。ちょっと、複雑な思いを胸に病院をあとにしました。早く、留学生達が成長して、病院の有るべき姿を伝授してほしいと思いました。

○ハノイ駅
鉄道ファンの私は、外国に行くと必ず駅を見に行きます。どこの国に行っても、やはり離合集散の中心は駅、さまざまな、その国の素顔を見ることが出来ます。そんな訳で今日のコースに駅を加えてもらったのです。
ハノイ駅は意外と大きな駅でした。中国の首都北京、あるいは昆明行きの国際列車もここから出発。以前は完全な直通列車だったようですが、中越紛争の影響で現在は国境のドンタンで乗り換え。是非一度乗ってみたい…と話ていると出張で乗ったことがあるナムさんが一言「やめといた方がいい」…

○ベトナムで孔子廟??
食事の後は、学校の新事務室に入れる机の注文に行ったN氏、ナムさんと別れ、O先生と二人で文廟へ。文廟つまり孔子廟なんですね。1070年に建てられ、1073年にはベトナム初の大学が作られたのだとか。片隅には案の定「科挙試験」の合格者の名簿が…。中国の支配力が如何に強かったのか、あらためて驚きました。

○B52の残骸を展示中
ホーチミン廟の前を通って軍事博物館へ。圧巻なのがアメリカのB52大型爆撃機の残骸。北爆の時のアメリカ空軍の主力機です。何でそんなものが展示してあるのかと言うと、要するに「我々は勇敢に戦ってアメリカの侵略に耐えた。あのB52を何十機も打ち落としたのだ」というモニュメントなんですね。今回のハノイ行きで、初めて日本人の団体観光客に出会いました。
見学の後は売店を覗いて、マンゴージュースとビアハノイーで休憩。気温は相変わらず高いのですが、風が涼しくて心地よい。ベトナムに来て初めてホッとして、のんびりした一時だったような気がします。

○市場でお買い物
香港とか台北に行ったのなら、何の迷いもなく免税店でショッピングと洒落るのでしょうが、何せハノイですから…。庶民の体臭と熱気でムンムンするドンスアン市場へ。私のお目当ては「珈琲フィルター」。春先に日本に戻ってきたA先生からお土産に貰ったのですがアルミ製の軽いもので、生徒達が口々に「それはおもちゃで〜す」と言うものだから、じゃあもう少しいい奴を土産に買っていこうと思っていたのです。
ありましたありました、でもナムさんが「中国製だ」というので手にとって見ると、たしかにMADE IN CHINA。すると一番高いのがベトナム製でした。ま、1つ100円ぐらいですから気にせず、ナムさんに中国語で「5個欲しいのだけど…」(笑)するとベトナム語で「○×△□」と通訳してくれる。「高い、まけて?」(中国語)「○×△□」(ベトナム語)で交渉終了。《あ〜ぁ、ベトナム語勉強しよ…》
その後旧市街に戻り、シルク製品のお店へ。アオザイも仕立ててくれるそうです。

○大宴会
学校に戻ると生徒たちが数人、帰りを待っていてくれました。既に日本に留学している学生達への手紙を預かり、「飛行機の中で読んで下さい」と僕宛の手紙を貰って…。たったの4日間の授業だったけど、なんとか役目を果たすことができたのでしょうか。「1月には必ず日本に来るんだよ」と再会を約束して別れました。
講師室ではハノイ講師陣が全員集合して今後の指導・日程について相談。小論文や面接対策についても打ち合わせして、資料など情報は逐一メールでと約束する。
その後、授業があるN口先生には申し訳なかったのですが、全員で市内の先日ナムさんと行ったレストランヘ。イエンさんと婚約者氏も一緒に。ナムさんはビアハノイーでご機嫌。そして、中国式一気で…また負けました。

○ちょっと…
大宴会の後、お店の前の路上にて…。何かカニのように「横歩き」しているものが動いている…「えっ?」と思ってよく見ると、人、それも子供でした。おそらく北爆の時の「枯れ葉剤作戦」の影響でしょう。今回はこの時一度しか気づきませんでしたが、まだまだ戦争の傷痕は残っているのですね。とても正視することはできませんでした。
看護婦養成…、将来的には医師の養成。それだけではなく、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士といった医療技術者の養成も考えて行かなければならないですね。

○2次会
タクシーを拾って2次会(笑)へ。全員で乗るのは無理なので、私はA先生のバイクに二人乗り。ホアンキエム湖畔のバンマイカフェはお洒落な屋外バー。ようやく涼しくなり、さわやかな風が吹く中でハノイ最後の夜が更けていきました。
ホテルまで全員で戻り、解散。「じゃ、次は東京で!」

エピローグ(8/21)

○最後の食事はやっぱり…
いつもより早めに食堂に降りると、既にN氏とO先生がお食事中。最後だからフォーにしようかと思ったけど、やっぱり最後もフランスパン。いつもよりなぜか多めのパンをいただき、リプトンと生ジュースを飲んで最後の食事を終えました。しかし、気になる情報が…。フィリピン付近で台風発生。やだよ足止め食らうのは。明日はCゼミで授業。明日の夕方16時までにゼミに行かないと…
部屋に帰り、残ったビアハノイー3本をどうするか思案。で、とりあえず「記念」に1本飲んじゃうことにして(朝から失礼…笑…)2本はナムさんにあげようと思っていると、ドアを叩く音が…。ホテルのスタッフが荷物を運びに来てくれたんですね。う〜ん、1週間の滞在でしたが、本当に快適でした。数度の、真夜中の停電を除けば…。

○ホテルのスタッフと記念撮影
見送りに来てくれたナムさん、ホアさんも交えてスタッフと記念撮影。ちゃっかりホアさんの隣りに並ぶ私…
学校が手配してくれた車に荷物を詰め込み、スタッフと握手してお別れ。全員で見送ってくれる。ナムさんとも「謝謝!再見!」(中国語で、ありがとう、さようなら)…ここはベトナムだっての!
ちなみに、ビアハノイーはN氏の「持って帰ればいいじゃない」の一言で、東京まで持ち帰りました(笑)

○O先生はホーチミンへ一人旅
昨日見学できなかったホーチミン廟の前を通ってノイバイ国際空港へ。まだ8時前なのに長蛇の列。私、北京の毛沢東記念館も見損なっているんですが…、ま、次回と言うことで。
ノイバイ空港でホーチミンへ行かれるO先生とお別れ。「飲み水だけ注意して下さい」と私。N氏も「もし飛行機が遅れたり足留めくらったら、必ずキャセイのカウンターでホテルを手配してもらって下さい。じゃないと自腹きることになりますよ」なんて冗談交じりで……。確かにこの時点では冗談だった。しかし…。

○神戸の市バス???
雑踏をかき分けて空港ビル内へ。私は初めての経験です。手書きの搭乗券…ゲート番号と座席番号が黒のサインペンで書いてある。う〜ん、おそるべしベトナム航空。10年前の中国国内線だってスタンプだったのに…(似たようなもんか)
税関はよく分からないうちに通り過ぎ、出国審査も何もなく終了。2階の待合室に入ると、ここから先は別世界。免税店やら軽食コーナーが並び、値札は米ドル表示。コーラを買うのにベトナムドン出したら嫌そうな顔をされた。
搭乗が始まり階段を降りると、そこには「非常口」だの「ワンマン」だのと表示された日本製の、しかも明らかに神戸の市章が入ったバスが待っていた。これに乗って搭乗口まで移動。空いている後ろ側のタラップから登り、もう蒸し暑い空気を吸い込んでもう一度振り返り、「また来年…」

○香港で再び飲茶
大きな紅河の流れを見ながら、一路香港へ。雲が多いのがちょっと気になる。魚料理の機内食を食べて最後のタイガービールを飲み、例によってワインをいただくともう香港。
免税店をひやかして、青島ビール(中国のビール)でのんびり過ごす。しかし搭乗案内を見てみるとマニラ便などがキャンセルになっている。やはり台風の影響か。

○成田に定刻帰着
キャセイパシフィック航空500便に乗ると、もう日本人だらけ。一瞬「うるせーな」と思ったのは話している内容が分かっちゃうからですね。あのバイクの走り回る音とクラクションの洪水のハノイから帰ってきたのに…。たった1週間で「ハノイ化」してしまったんだろうか。
座席に設置された画面の飛行経路を見ると、台風の進路を避けて上海よりに飛んでいくらしい。
これで今日3食目となる機内食。出されたビールはキリンラガー。いよいよ日本ですね。気分も現実に引き戻される。明日は早速授業。2日開けてS学園高校で5日間の講習。
でも、あの生徒たちの屈託のない笑顔と、真剣な眼差し、「わかった」瞬間の嬉しそうな喚声が頭の中で交差する。22人全員で日本に来ることができるのだろうか。本当に22人来たら、受験は大仕事になるなぁ。どれだけの学校が受け入れてくれるのだろうか。帰ったら、早速応援してくれている仲間達に報告して、来年の春も支援をお願いしよう。来年は英語のK先生にも行ってもらえないだろうか。そうそうAべちゃん(日本語教員志望の教え子。今春も手伝ってくれた)も…と思って「ねぇ、Nさん…」と前の席のN氏に声をかけると熟睡中。N氏には本当にお世話になった。1週間お疲れ様でした。これからもよろしくお願いします。
2時間の時差がある分、あっと言う間に夜が来る。東に向かって飛んでいるのだから、当たり前ですね。ついさっきまで青かった空が、何時の間にか真っ赤に染まり(富士山がきれいだった)、ビール1本飲み干す前に真っ暗になった。「東京の夜景が見えます」とのアナウンス。東京上空を旋回して成田到着。
何も問題なく通関。税関で「どちらから?」「ハノイです」「観光ですか?」一瞬ハイと答えそうになり、ビジネスビザなのを思い出して「いえ、仕事です」「仕事で預かった書類などありますか?」生徒の手紙を預かってるけど、面倒だな…と思って「いえ、別に」「酒、たばこは?」手に持ったビアハノイーの袋を差し出し「この2本だけです」「ハイ結構です。お疲れ様でした」この瞬間、僕のハノイ遠征が終わった。
到着便案内を見ると、1本あとの香港発は遅れている様子。助かった…
挨拶もそこそこに、N氏は発車間際の横浜行きリムジンバスに、私は売店でサッポロ黒生を1本買って新宿行きに乗車。さっき見たばかりの夜景の中に向かって、クラクションを鳴らさない不思議なバスに乗って(あれ?)帰りました。《怒涛のハノイ編 完》