2001年8月11日〜8月19日


Tam Coc にて 【旅先で出会った Elisaさん撮影:ありがとうございます】

    半年ぶりにハノイに行くことになりました。今回の旅は、まあ、いつもの通り仕事……だけではなくて、心残りを精算する旅といった方が正解かもしれない。
     1月にベトナム人看護婦養成支援事業の5期生14名を連れて帰国。3月中旬には14名全員の合格が決まり、すぐにでも6期生の指導のためにハノイに戻るつもりでした。ところが様々な事情から、予備校講師稼業に戻ることになり、多少の、否、たくさんの心残りを残したままとなってしまいました。
    そんなわけで、今回は6期生の激励と指導、日本語や教科の指導の先生方との入試に向けてのうちあわせ、更には「心残り(^.^)・忘れ物」を探しに一人旅となったわけです。

8月11日(土)晴れ・ハノイはくもり 「旅立ち」

    前日まで、80分7コマの授業。まあ、予備校講師にとって教える場を頂けることは幸せなことです。また、今回の旅は勤務校である東京予備校の半澤校長初め、スタッフ、何よりも学生たちの理解と協力があって初めて実現した旅。特に看護医療系の学校を目指すコースの学生たちの発案で、ベトナムの学生たちに寄せ書きを準備してくれました。同じ医療系の仕事を目指す仲間として、これからも交流して行けたらと思います。
    さて、出発前日10日は、夜10時に授業を終えてからそのまま高円寺へ。以前勤めていた予備校がある町です。去年のハノイ赴任の際も、早朝のNEXに乗るために朝までの一時をY's Barといういきつけのお店で過ごしました。今回もここから出発。気さくなマスター山下さんやシェフの横瀬さんに見送られて、早朝の高円寺を出発しました。思えば私が初めてベトナムの学生の指導に関わった2期生の受験の時、ある学校の試験日の朝、このお店から出て高円寺駅前で学生3名を待ち伏せ(笑)激励して送り出すつもりが、そのまま千葉にある看護学校までついて行ってしまったというエピソードもありました。あの学生たちも今春卒業、看護婦として働いています。
    6:07新宿発の成田エクスプレスで成田空港へ。国際線では初めてのJALということで、第2ターミナルから出発するのは初めての私。乗りなれたキャセイパシフィックと違って長蛇の列に驚きながらも、無事に搭乗手続きを終え、ハノイの友人たちへ多少のお土産を購入。10:00出発のJL731便に乗り込みました。海外に行くのに、日本の航空会社は初めてです。飛び交う日本語に戸惑いつつも、定刻通りに香港到着。
  正直に言うと、海外の空港でのりつぎの搭乗手続きをするのは初めての経験。英語の苦手な私にとっては鬼門なのですが、まあいざとなれば中国語でも…。案の定、どうやらVN(ベトナム航空)の出発が遅れるらしく、キャセイ航空のお食事券60香港$分をいただきました。VNの搭乗口に行ってみると出発は約1時間半遅れの16:15の表示。まあ、それはそれで。
程なく、いつも情報収集に活用させてもらっているインドシナML(メーリングリスト)のメンバーSATOさんが到着。彼は成田を同時刻初のCX(キャセイ)で香港に到着、バンコクに向かうということで落ち会ってミニオフ会を開こうという約束だったのです。早速お食事券を持って構内のレストランへ。生ビールで乾杯しました。
 SATOさんのバンコク行きを見送ってから、ハノイ行きVNに乗り込むと、いつも通り民族衣装アオザイに身を包んだスチィワーデスが出迎えてくれます。久しぶりのハリダビール(ハノイのビール)を飲んで、約1時間20分でハノイ・ノイバイ空港に到着。台風の影響でしょうか、揺れる揺れる。こんなに揺れたのは初めての経験でしたが、無事に到着。ハノイは肌寒いくらいの気候で戸惑いましたが、滞りなく入国審査も終了しました。
 ホテルに迎えの車を頼んでおいたのですが、2時間も遅れていますので、ちょっと不安。すると、嬉しい、また驚いたことに、大きな花束を抱えた3人の教え子たちの姿が見えるではありませんか。フォンさん、ガーさん、ミエンさんの3名。彼女たちは昨年12月末まで看護婦養成事業の5期生として、日本留学を目指して勉強していた学生たちです。日本語や、受験教科の力が僅かに及ばす、日本に連れて行くことができず、泣く泣く置いてきた子達。手紙やE-メールでやり取りは続いていましたので、ハノイに行くことは伝えてはありましたが、まさか空港まで迎えに来てくれるとは思いませんでした。彼女たちに対しては、内心、忸怩たる思いで一杯なのですが、更に嬉しいことに、3人ともハノイ医科大学、ハイフォン医科大学の看護学科、ハノイ国家大学の生物科に合格したとの知らせを持ってきてくれていたのです。教師冥利に尽きるとは、将にこのことですね。迎えに来てくれていたビエッタンホテルの車に乗って、ハノイ旧市街のホテルまで移動。彼女たち3人と近くのチャーカーラボン(ハノイの名物料理チャーカー《雷魚の鍋》の老舗)へお祝いもかねて食事に行きました。そうそう、ホテルのフロントにはハノイの友人の一人、以前、日本料理店紀伊に勤めていたティンさんから「明日9時半に会いにきます」と言うメッセージが届いていました。

 
彼女たちもチャーカーは初めてらしい……

 チャーカーラボンには、やはり友人の一人、否、ガールフレンドのヒエンさんが勤めています。彼女には突然尋ねていって驚かそうと言う計画。案の定、最初はポカンとした表情をしていましたが、すぐに満面の笑みで迎えてくれました。4月に戻ってくるつもりでしたので、ホアンキエム湖畔のカフェで最後にデートしたのが1月の帰国直前のある晩。もう半年が経ってしまいましたが、いつもと同じように「アイコンタクト」でビールの追加や飲み物を運んでくれます。(彼女、営業用の英語は多少話せますが、私と同じでコミュニケーションをとるには不十分。いつもアイコンタクトでコミュニケーションをとっていたのです。)学生たちも授業中の「ネタ」に彼女の話をしていましたので、「ヒエンさんはとても嬉しそうです」などと教えてくれます。手が空いた彼女も私たちの席に座ってくれて、暫し談笑しました。明日もこの店に来る予定がありますので、5人で来ることを伝えました。
 明日は日曜日、学生たちとは月曜日に学校で会う約束をして別れました。

8月12日(日)朝雷雨・のち晴れ 「トゥイータ&チャーカー」

  朝はちょっとゆっくりして9時ごろに眼を覚ましました。9時半を過ぎて、ティンさんがホテルに会いに来てくれました。彼女はハノイ外国語大学の日本語学科を昨年夏に卒業したばかり。日本料理店で働きながら、中国語の勉強も続けていた勉強家です。紀伊を辞めてしまったという手紙をもらっていましたので心配していたのですが……。フロントから電話があって1階に降りると、青いアオザイに身を包んだ彼女が待っていてくれました。さすがに、緊張しますね(笑)。紀伊のお店の中でしか会った事がなかったものですから、ちょっと眩しい気がします。旧市街を一緒に歩いてホアンキエム湖畔のカフェに行くことにしたのですが、欧米人のツーリストたちはカメラを向けてくるし、地元のベトナム人たちも興味津々で視線を送ってきます。現在ハノイでは、普段着としてアオザイを着ることはまずありませんから、やはり珍しいのでしょう。
 湖畔のカフェ・トゥイータに入り、あらためて近況報告。彼女はEICHO HANOIという日本の予備校資本の日本語学校で、ベトナム人に日本語を、日本人にベトナム語を教える先生になっていました。しかも、10月から日本で仕事をするとのこと。また、ハノイでの半年の生活の中でできたネットワークが広がります。楽しみです。
おみやげを喜んでくれました

     「日本料理が食べたいです」と言う彼女の希望で、ハノイ赴任時代にも何度か足を運んだ「サイゴンさくら」という店に行きました。彼女の仕事が休みだと言う木曜日に「ホアルー・タムコック」と言う景勝地に遊びに行く約束をして、湖畔のツアーカフェで予約。一人14$と言うことでしたが、彼女の交渉で10$まで下がりました。ベトナム人価格なのかしら?
    「これから家に帰って昼寝をします」という彼女と別れ、再びトゥイータヘ。ここで、同僚のG藤先生と待ち合わせています。彼女は6期生の日本語・英語担当として赴任してまもなく1年になります。彼女とも半年振りの再会です。また夕方からは彼女の発案で、チャーカーラボンで「ハノイ講師全員チャーカーに集う会」と称した歓迎会を催してくれることになっています。夕方までのひと時、積もる話は尽きません(笑)
    ホアンキエム湖畔に新しいスーパーができているということで、買い物も兼ねて行ってみることにしました。西友など大きなスーパーが何軒かハノイにもできているのですが、これだけベトナム人でにぎわっているお店は珍しい。他の先生たちとの待ち合わせの時間も迫ってきたので、途中の花屋でヒエンさんに花束を買って、チャーカーラボンへ。既に到着されていた新任のH田先生に挨拶をし、日本語のY田先生、少し遅れてこられた日本語のN口先生とも再会を果たし、思い出話と日本の話題、学生の話題で盛り上がりました。N口先生はハノイ赴任3年目だと言うのに初めてのチャーカーだそうで(笑)、都合40数回足を運んだ私とは……。
夜もふけて、明日午前中に学校に伺う約束をして解散しました。

8月13日(月)朝雷雨・のち晴れ 「6期生との再会」

  8時半にタクシーを呼んでもらって、学校に向かいました。旧市街からだと15分ぐらいかかるのですが、沿道は懐かしい街並みばかり。地図を見なくても半年間のハノイ生活の記憶が甦ります。校門についてタクシーを降りると、早速セオム(バイクタクシー)の小父さんたちが「お〜、ジンナイ〜」と出迎えてくれました。守衛室の中には顔見知りの守衛さん、そして屋台のマダム・リーさんが「お〜」と声をかけてくれます。校舎の入り口では事務のイエンさんが待ち構えていたかのように、迎えてくれました。半年ぶりの講師室は、8人も講師が居た当時とは違い、きれいに片付いています。天井の高さに、開放感とともに懐かしさを覚えます。早朝から授業のY田先生、寮からご出勤のH田先生、G藤先生と少しづつ賑やかになっていきます。そろそろ私が現れることを期待していたであろう学生達も、講師室の前の廊下を休み時間のたびにうろちょろ。そのたびに机の陰に隠れる私(笑)。昼休み前の最後の時間がG藤先生担当の聴解の時間、この時間を使わせていただいて、学生達に指導させていただくことになっています。そうこうしているうちに、ひょっこり副校長のナムさんがやってきました。彼は中国語の教師でもあり、我が日本語センターの管理責任者でもあります。「世の中で一番好きなものはビール、その次がワイフ」と公言してはばからず、酔いが回るとその順番が逆になる、要するに「奥さん大好き」な陽気なおじさんです。「お〜、ジンナイ!」で、英語で挨拶、その後の会話は簡単な中国語といういつものパターン。「太ったなあ?ベトナム語では○×△と言うんだ(笑)」
  教室に入ると、大喚声?嬌声?と拍手で迎えてくれました。今日は久し振りなので、学生達へのお土産を渡し、日本に留学している学生達のこと、今春の入試のことなどを話しました。7月の私の誕生日の際に、学生達がバースデーカードを送ってくれたのですが、その内容はほとんどがお土産のおねだり。ったくもう!とりあえず希望の品の中から、勉強の役にたちそうなものを選んで持ってきました。それから、実は100円ショップで見付けた「きんちゃく袋」、なんと「いろは歌」が印刷されています。東京都立の看護学校は古文の知識が必要な問題が出題されますので、日本に来る頃にはいろは歌ぐらいは意味をつかめるようになってもらわなければなりません。
   お昼は日本大使館に出かけたN口先生も交えて、先生方と5人で近くの定食屋へ。久しぶりのビアホイです。ベトナムの食事は鶏肉と卵が美味しい。当たり前ですが、全部地鶏ですから(笑)。食後はCafeでベトナム珈琲。懐かしいおばちゃんの笑顔が印象的です。そうそう、校門を出たところで、セオムのトンさんに会いました。彼には赴任中いつもお世話になっていました。「お〜、ジンナイ〜」と懐かしい声が聞こえてきました。「トンさん!」と思わず駆け寄ってしまいました。
 
鶏と卵がお気に入り

    午後からは講師室のパソコンのメンテナンスをしたり、持ってきた国語の教材の打ち合わせ。そうこうしているうちに、1ヶ月に渡ってベトナムを旅行していると言うU見先生がやってきました。彼は2年間ハノイに赴任して、今春一緒に帰国。4月からは小学校の非常勤講師をしています。さっそくH田先生と理数系の教材などの打ち合わせ。
     しばらくすると、池田さんと言う日本人の友人が電話をかけてきてくれました。彼は大学在学中にベトナム旅行、その魅力に取り付かれハノイにあるタンロン大学に留学した経験を持っています。最近、その経験を活かして『指差し会話帳ベトナム語編』と言う面白い本を出版されました。彼とは昨年の赴任中にも一度ビアホイをご一緒しています。今回は友人との旅行中と言うことで、「ハノイで会いましょう」とメールで約束をしていたので、電話を下さったと言うわけです。明日の夕方、もう一度電話をくれることになりました。
    夕方、約束通り5期残党の学生たちがやってきました。一昨日空港まで迎えに来てくれたフォンさん、ガさん、そしてオアインさん、キムズンさんの4人。G藤先生もお誘いして、今春埼玉県の越谷市立看護学校に留学したタインさんのご両親がやっていると言うビアホイ屋を訪問しました。オアインさんが運転するバイクに乗せてもらいましたが、重たくて運転しにくそう(笑)
    ビアホイ屋は市内の繁華街、フエ通りから路地を入ったところ。古い教会の前にあり、ちょっと良い雰囲気です。赴任中よく珈琲を飲みに行っていたカフェ・マイや日本料理店紀伊の近く。タインさんから「母に連絡しておきます」とメールをもらっていたのですが、お店に着き店員に声をかけると、すぐにお父さんを呼んでくれました。いやあ、タインさんそっくり!よく似ています。ビアホイで乾杯し、学生たちの通訳でタインさんの様子を報告。豚肉の串焼きやら食べきれないくらいご馳走してくださいました。ひたすらビアホイを注がれ、ついつい飲み干してしまう私。ビアホイは炭酸が多いので、お腹が膨れる。でもお腹が空いている状態(笑)それなのに、お父さんはビアホイのボトルを持って放してくれません(笑)   
 お父さんを囲んで。真ん中右が私・努くん。右端がヒロスエ

   1時間半ほどご馳走になって、G藤先生と日本料理店紀伊に行くことにして、ビアホイ屋を辞しました。お父さんは壮んに「自宅の方に来てください」と誘ってくださるのですが、また次回と言うことにして、今度はヒロスエ、あ、ヒロスエじゃなくてフォンさんのバイクに乗せてもらいました。彼女は女優の広末涼子さんになんとなく似ている。彼女のファンである私は、昨年の赴任後の最初の授業の際「ヒロスエ」と命名し、ずっと「ヒロスエ」と呼んでいたのでした。本人も気に入っていたようで、未だに送られてくるメールの署名は「GAKUSEI:HIROSUE」と書かれてきます(笑)
   紀伊の前で学生たちと握手して別れ、G藤先生と呑みました。G藤先生は紀伊に来るのは初めてとのことで、機会があったら行きましょうとメールで約束していたのでした。店長の小林さんはとても気さくな方で、赴任中もよくしていただきました。店員のベトナム人女性たちも私のことを覚えてくれているようです。「ティンさんは、お店を辞めてしまいました」なんて教えてくれるので、「うん、知ってるよ。もう会ったし、明後日も遊びに行くよ」と話すと、とても驚いていました(笑)


8月14日(火)朝雷雨・のち晴れ・時々雷雨 「久しぶりの越乃一」

 今日も9時にタクシーを呼んでもらい、学校に行きました。壊れてしまったパソコンをどうするか、使えるのなら何とかしたいし、赴任中にせっかく蓄積したデータも救いたいのですが、HDがいかれてしまったようで、立ち上がってくれません……。
   さてさて、本日より本格的に授業。G藤先生の授業では「漢字」「語彙力」養成に主眼を置いているとのことで、今回は看護入試に必要な常識的な用語を説明しようと言うことになっています。高齢化や少子化、女性の社会進出など、実は小論文の題材として出題されたり、ある程度の知識がないと入試で困るのも事実。昨年の5期生には半年かけてじっくり話をしていったのですが、今回は時間もないので何点かポイントを絞って話をしました。現在、ベトナムでは「人口爆発」進行中。現在8000万人弱の人口なのですが、数年で1億人に到達しそうな勢い。国の政策として「二人っ子政策」を行い人口抑制に努力していますが、逆に戦後のベビーブームとの兼ね合いで、実は近い将来の「少子高齢化」は避けられません。「高齢社会から超高齢社会に向かっている日本で学ぶことは、将来のベトナムで医療の現場に立つみんなにとって貴重な経験なんだよ」なんて話を中心に授業を展開しました。もう数ヶ月後には願書を記入したり、志望理由書を作っていかなければなりませんから、参考になればと思います。
   お昼は昨日現れたU見先生も交えて定食屋へ。ビアホイを飲んで、Cafeでベトナム珈琲と言ういつものパターン。午後からはパソコンを何とかしようと格闘しますが、どうもだめですね(笑)そんな訳で夕方まで学生たちと話したり、のんびりして過ごしました。



  夕方になって昨日電話をくれた池田さんが再び電話をくれました。チャーカーにでも行こうかと思っていたのですが、同行の友人が体調を崩されているとのこと。「日本料理でもかまわないですか?」ということで、紀伊で待ち合わせることになりました。久しぶりにセオム、いつものトンさんがいなかったのでゾイさんのバイクに乗って紀伊に向かいました。考えてみれば3日連続の日本料理で、何をしにハノイに来たのかよくわかりませんが、まあ「思い出探しの旅」ですからよしとしましょう。紀伊に着くと見知った店員の女の子が「2階へどうぞ」と教えてくれます。実はカウンター以外の席に通されるのは初めて。2階に上がると既に到着した池田さんがいつもの笑顔で迎えてくれました。同行の友人の方は、森さんと青柳さん。実は池田さんの『指差し会話帳』が好評で、版元の依頼で今度はベトナム料理の本を出されるのだとか。今回はその取材の旅行だそうで、猫だの兎だの食べているうちに体調を崩されたとのこと(笑)まあ、体調を崩した時は食べ慣れたものの方がよいですよね。そんな訳で私と、元気な森さんは専ら飲む方に専念。きっちり冷やしたタイガービールはやっぱり美味しいです。
    2次会に行く約束もあったのですが、歯が痛いという池田さんもギブアップ。じゃあ、もう少し飲みましょうと、森さんと二人でカウンターに移り、マスターの小林さんや店員の女性たちと話しながら、ベトナム産の日本酒「越の一」を楽しみました。

これは720ml瓶。市内のスーパーやノイバイ空港でも入手可能です。赴任中は一升瓶をキープ!

8月15日(水)朝またもや雷雨・のち晴れ 「誕生パーティー&ヤギ鍋」

    今日も昨日の続きの授業。「女性の社会進出」なんて話をすると、いつも質問が出ます。「女性が働くのは当たり前です。それが、なんで社会進出なんですか?」そうなんだよね。ベトナムを旅してみるとよくわかるのですが、ベトナム女性は働き者。男どもは、どこかのんびりムードが漂っている。日本に留学している学生たちと話してみても、「結婚してすぐに辞めてしまうつもりなのに、なぜ看護婦になろうとするのか?日本の女の子の考えが理解できません」なんて話しも聞きます。この辺がわかっていないと、小論文で「女性の社会進出について、あなたの考えを述べなさい」なんて言う課題に対応できないわけです。日本に留学するのだから、ある程度は日本の事情を理解した上で、ベトナムの社会をあわせ考えて意見を述べて行く。ベトナム人の価値観だけで書いてもだめなんですね。まあ、教える方としては、学生の反応が新鮮で面白いです。



    授業が終わったところで、スワントゥイさん、ビットゥイさんの2人が講師室にやってきました。「今日は夕方から私たちの誕生日のパーティーを開きます。先生方も出席してください!」日本の感覚だと廻りの友人が主催してパーティーを開いたりするものですが、ベトナムでは本人が開くのですね。もっとも、娯楽そのものが少ないものですから、楽しいことは率先して!ということなのでしょうか。
    昼食はH田先生、G藤先生と近くのフォーの店に。久しぶりのフォーガー(ベトナム風鶏うどん)が美味しいです。「味の素」を入れないと、もっと美味しいと思いますけどね(笑)
    学生たちが講師室に迎えに来たので寮の部屋に行ってみると、既にみんなが集り、U見先生は持ち込んだギターで一曲披露した後の様子。「先生も歌ってください」なんて声もかかりますが、昨年の11月にみんなでフォーを食べに言った時に「みんなが日本語能力検定に合格したらお祝いで歌う」と約束したことを覚えている様子。「まだダメデス」なんて言っている子もいます。Y田先生、U見先生と入れ替わりにSOSという外国人用の病院に予防接種を受けに行っていたH田先生とG藤先生が帰って来ました。ちょうどそのタイミングで、プレゼントの贈呈。学生たちからは花束と、大きな縫ぐるみ。ビットゥイさんには小鹿、スワントゥイさんには鶏の縫ぐるみがあたりました。スワントゥイさんは「先生、名前をつけてください」なんて言ってきました。帰国までの宿題ということにして、私からは日本から持ってきた扇子をビットゥイさんに、おねだりされていたイヤホンをスワントゥイさんにプレゼントしました。



    パーティーも終わり、H田先生、G藤先生と学校から少し離れたところにある「山羊鍋&焼き肉」の店に行きました。ザイフォン通りという大通り、旧ホーチミン・ルート、南に向かう国道一号線沿いの大きな店です。赴任中は週に一度ぐらい、併設された大きなビアホイ屋やこの山羊肉屋に来ていました。 途中、赴任中にいつも使っていた金屋さんに寄ると、普段は無愛想なおばちゃんがニコッとしてくれました。覚えていたみたい。ベトナムでは勿論銀行でも両替できるのですが、金屋(ジュエリーショップ?)で換えたほうがお徳。
  山羊鍋屋は仕事帰りの小父さんたちで大賑わい。ビアガーデン風のお店には殆ど空席がありませんが、見覚えのある女の子の店員が奥の席に案内してくれました。早速、タイガービールとダー(氷)を注文。まずは焼肉と言うことで乾杯。赤身の部分と恐らく腸だと思うのですが白身の部分。これは脂身が多く、炭火の七輪が勢いよく燃えます。H田先生もG藤先生も白身のほうがお気に入りの様子。その後は鍋。山羊の肉がやわらかくて、とても美味しいです。

 左がH田先生、右はG藤先生

 このお店は鉄道の線路の真横にあります。鉄っちゃん(鉄道ファン)の私にはたまらないお店です。赴任中は、列車の通過時刻を時計代わりに飲んでいました(笑)H田先生は「こんなに近くでベトナムの鉄道を見たのは初めてだなあ」とのこと。そういえば、今回の旅ではまだSLに遭遇していません。夕方、学校近くの踏み切りが「魔の踏み切り」で、SLを使った貨車の入れ替え作業で30分以上「開かずの踏み切り」になるのです。私にとってはとてもよろしいのですが(笑)
 お腹も一杯になり、のんびり歩いて学校に向かいました。この距離がちょうど腹ごなしにはよいのです。ザイフォン通りの向いに住むG藤先生と別れ、直接寮に帰られたH田先生ともお別れした私は、学校の校門脇の屋台でしばらく飲むことにしました。こちらに着てから何度も顔をあわせていますので、校門に近づくと屋台のマダム・リーさんが「ジンナイ!チャオガー!」と声を掛けてくれます。本当に久しぶりに屋台に座り、まずはruo(ジオ・米で造った焼酎の濁酒)を頼み……じゃなくて、座っただけなのに小さな杯と、ruoが入った小さなペットボトルを差し出してくれます。ここに座ると、日本で、ちょうど小さな小料理屋かどこかのカウンターで飲んでいるような気分にさせてくれます。勿論、言葉は殆ど通じていないのですが、飲んじゃうと関係ないですね。これは万国共通。ちなみに、リーさんは中国語がちょっと話せます。
 そのうち、学校の中からひょっこり学生のトアさんが現れました。夜も遅くなるとお腹をすかせた学生たちがチャオガーを食べにやってきます。勿論、私たちが飲んでいるのを半分期待して(笑)。教室の中よりも、ここで話したほうが彼女たちの本音を聞くことができて、楽しいものです。逆に、こちらもお小言が言い易い。学生に、「こういうところは気をつけたほうがいいよ」とか、「もっと日本語を使わなきゃ」とか言うと、翌朝には全員に伝わっていたりします。さすがに「噂と言う情報社会」のベトナムです(笑)。

 左がひょっこりやって来たトアさん。右はマダム・リー

 彼女が「みんなも先生とチャオガーを食べたいと言っています」なんて言うので、「じゃあ、明後日の6時半にみんなで食べよう」と約束して、トンさんのセオムでホテルに戻りました。

8月16日(木)晴れ時々雷雨・のち晴れ 「Hoa Lu ・ Tam Coc 小旅行」

 朝6時に起きてシャワーを浴び、ホテルの周りを少し散歩しました。
今日は2日目に遊びに来てくれたティンさんと、ホアルーという景勝地に日帰りで遊びに行くことになっています。7時にツアーカフェの迎えが来ることになっていたので、6時50分に彼女とホテルのフロントで待ち合わせ。今日はアオザイではなく、身軽な姿です(笑)しかし、待てども迎えが来ません。彼女いわく、「ベトナムですから」まあ、そうなんだけど(笑)
7時半近くになって、オートバイの迎えが来てくれました。これに乗ってまずはキムカフェのオフィスへ。ここなら歩いてきても5分ぐらいなんですけどねえ。(笑)
    やがてやってきた大型バスに乗り込むと、既に周辺のホテルを周ってきたのでしょう、殆どの席が埋まっていました。ちょうど一番前の席が空いていたので、彼女と並んで腰をおろしました。バスは旧市街をぐるぐる廻って、ホテルの前などでお客さんを拾っていきます。なぜかビェッタンホテルの前も通ったので、二人で大笑いしてしまいました。するとガイドのベトナム人女性が「どうしましたか?」と話し掛けてきました。彼女はハノイ外国語大の英語学科を卒業してガイドになったそうです。ティンさんのことをフィリピン人、私のことは韓国人だと思ったそうです。(なんでやねん)
    バスは市内を抜けて、ザイフォン通りを南へ。ティンさんが「ジンナイさんの学校は、どこですか?探しましたが、よくわかりません」と言い出した時が、ちょうど学校の近くの例の「開かずの踏み切り」の前。「そこだよ」と指差すと、「ここなら何度も通ったことがあります。私の田舎はここからずっと南です。毎月一度位、バイクで帰ります」なんて言い出しました。実は、彼女の田舎はホアルーに行く街道沿いだったのです。(最初から言えよな!)途中、休憩で土産物屋に寄った辺りから雨雲が……。相当強いスコールがやってきました。今回はタムコックという景勝地で小船に乗った2時間の小旅行があります。雨はやめてくれ〜と思いましたが、まあ、ベトナムのスコールですから。案の定、古都・ホアルーに到着するころには陽が差してきました。
    ホアルーは1010年にタンロン、現在のハノイに遷都されるまで丁朝の都が置かれていた古都です。北部ベトナムを統一した地元の英雄ディン・ティエン・ホアンの祠と2代皇帝レ・ダイ・ハン祠とが残っています。バスを降りるとすぐに物売りの子供たちが寄ってきます。と同時に、ちゃんと一眼レフのカメラを構えた大人もちらほら。何かと思っていると、勝手にスナップ写真を撮影して、売りつけるんですね。まあ、ティンさんと二人の写真も欲しいのでよいのだけど(笑)
    子供たちばかりでなく、おばちゃんを中心にそれこそ何十人も物売りに励んでいます。ミネラルウォーターやらコーラが中心ですが、これがビールなら買ってもいいんだけど(笑)ティンちゃんが心得たもので、100ドン札を何枚も持ってきていて、適当に追い払っています。でも、しつこいしつこい。周りの観光客もうんざりした様子。こういう時は欧米人の方がはっきりしています。要らないものは要らないと、はっきり断って無視。他に2組の日本人観光客がいましたが、悪戦苦闘の様子。ティンさんは「恥ずかしいです」なんて言っていました。その日本人グループの一人、エリサさんという神戸から来ていらっしゃった女性が声を掛けてくれました。「ベトナム人のカップルかと思った」とのこと(笑)私たち、国籍不明なのでしょうか。彼女はアジア系のバックパッカーの経験が豊富だそうですが、ベトナムは初めてとのこと。来年結婚予定の彼との婚前旅行だそうで、羨ましい限りでございます。そうこうしているうちに例のカメラマン氏が写真を持って登場。「ワンダラー」とか言っていますが、ふざけんな!ティンちゃんがのらりくらりと交渉して、結局3000ドンぐらいで引き取りました。まあ、そんなもん?まだ高い?まあ、いいでしょう。
    ホアルー見学のあとは、タムコックの船着場の近くのレストランで食事。簡素なベトナム料理ですが、不思議と衛生的なレストランです。私とティンちゃん、エリサさんと彼氏、もう一組名古屋から来ているOLの二人組みと、更に中国・上海の大学の教壇に立っているというスウェーデン人の男性と7人でテーブルを囲みました。
    昼食の後は今回のメインエベントの、タムコックボートトリップ。小さなボートは、以前は竹製のものだったそうですが、今は骨組みは竹で、底にはトタンが張ってあります。前の席にスウェーデンの先生、真ん中の席に私とティンちゃんが乗り込みました。日差しが厳しいのが玉に瑕ですが、まあ、のんびりとした片道1時間の旅。乗る前に買い込んだハリダビールを、あ、ティンちゃんはミネラルウォーターを飲みながら進んでいきました。途中、3箇所の鍾乳洞をくぐり、なかなかのよい雰囲気。できれば二人で乗りたかったですけどね(笑)
 
Elisaさんが撮影してくださいました。

    3つめの鍾乳洞が折り返し点ですが、ここからが大変。何せ、船頭さんが「みやげ物押し売り親父」に早代わりするのですから(笑)しかし、こっちにはティンちゃんと言う頼もしい通訳がおりますので、適当にあしらいながら(笑)
   出発地点まであと少しというところで、またもやスコール!まあ、異国の地で女性と一つの傘を差して小船に乗っているというのもなかなかおつなものでありまして……。



  日も暮れた19:00過ぎにハノイ市内ホアンキエム湖畔の水上人形劇の前に帰り着きました。帰りのバスの中で、後ろの席に座っていたエリサさんたちと食事に行く約束をしました。ハノイの料理をあまりご存知でないとのこと。そこでチャーカーにご案内することにして、ティンさんもまだ食べたことがないとのことで喜んでいたのですが、彼女のお父さんから携帯電話に連絡が入り、急用で残念ながら彼女は帰宅することに。私の帰国前日の夕食を一緒にする約束をして、別れました。その後、名古屋からのOLのお二人がエリサさんたちのホテルに移るということで、一旦エリサさんお泊りのホテルへ。旧市街のちょっとお洒落なホテルでした。無事に空き室も見つかり、エリサさん、彼氏、私の3人でチャーカーラボンに向かいました。
   今日のチャーカラボンはずいぶん混んでいますが、ちょうどひとつテーブルが空いたところで、ヒエンさんがすぐに席を用意してくれました(^.^)。お二人にもヒエンちゃんとの関係?をお話し、早速ハリダビールで乾杯。マムトムの匂いもOKのご様子で、チャーカーを気に入っていただけたご様子。ちょっとリラックスしていろいろな話をさせていただきました。実は彼氏さんが私の一つ先輩、エリサさんより私の方が一つ先輩ということで、同世代。JICAの派遣でアフリカへ行かれた話など非常に興味深く、話もはずみ、何度もアイコンタクトでハリダビールが運ばれてきました(笑)。そうそう、1月の帰国前にトゥイータで彼女とデートした時の写真をまだ渡していなかったので、ビールを運んできた彼女に渡したところ、エリサさん曰く「恥ずかしそうだったけど、とても嬉しそう!」とのこと。
  21:00を過ぎてヒエンちゃんも帰宅したので、我々も店を後にしました。話も盛り上がってちょっと名残惜しかったので、ホアンキエム湖畔まで散歩して、トゥイータでもう少し飲むことにしました。お二人は明日サイゴンへ向かわれるとのこと。楽しい旅を続けて欲しいと思います。

8月17日(金)晴れ 「チャオガー・パーティー と 嬉しいお誘い」

  朝7時過ぎに、内線電話が入りました。実は茨城大学の心理学の先生である伊藤先生が昨日このホテルに到着されています。先生とは昨年の春に、第一回日越インタースピーチコンテストに看護婦養成事業の3期生ゴーティーフォンさんが日本語スピーチコンテストで3位になった時、ベトナム語の初級部門で優勝されたのが伊藤先生。その時以来のお付き合いです。実はホームページやメールを通じてのお付き合いがほとんどで、昨年夏、年末と私のハノイ赴任中に先生がハノイにいらっしゃる度にお会いし、また学生を激励していただいたりというお付き合いが続いているのです。ですから、日本ではちゃんとお話したことはありません(笑)
   その伊藤先生と、ホテルの近くのフォーの屋台で朝食をとりました。この屋台、美味しい!なんと、メンマが入っている。これは珍しいです。食後はホテルのすぐ隣りの路地にあるお茶屋さんで、お茶を飲みました。先生とは今夜ビアホイでも飲みましょうということで、20:00過ぎに待ち合わせることにしました。



    学校に着き、今日が授業最終日になります。G藤先生、Y田先生も参加してくださり、脳死の問題や臓器移植など今の日本で話題になっている医療系の話を、一通り話してきました。そうそう、授業の前に、講師室に電話がかかってきました。久しぶりなので、ちょっと緊張しつつ「Alo?もしもし?」と出ると「ワタシハミンデスイエンサンハイマスカ?」「今、いません」「ニホンゴノセンセイハイマスカ?」「えっと、ジンナイですが、だれ?」「アッ、センセイ!」5期生で、日本に行くことができなかったミンさんでした。これから、学校に来てくれるそうです。授業を終わって講師室に戻ると、今春まで一緒に仕事をしていた、5期の指導では数学と化学、生物を担当していたW田先生が到着していました。彼は、4月から神奈川県の小学校の教諭として活躍しており、今回はチケットの都合で成田−バンコック−昆明(中国)−ラオカイ−ハノイと大旅行でやってきたのでした。しかも、昆明−ラオカイは先日の台風の影響で列車が普通で、バスで移動したのだとか。昨日、早朝のハノイ駅にラオカイ(中越国境)からの鉄道で到着したそうで(それはそれで、うらやましいい)ちょっと、疲れている様子。午後からミンさんだけでなく、5期の学生が何人か来ることになっているので、一緒に会いましょうと約束しました。
    昼食はG藤先生、H田先生とフォーを食べに行き、いつものようにカフェで「カフェ・ダー」(ミルクなしのアイス珈琲)を飲んで講師室に戻ると、W田先生と、やはり5期残党のダオさんが楽しそうに話していました。
    午後はちょっと時間があったので、先日ホアルーに行った時に、今日の昼、日本料理の紀伊にティンさんが用事があって行くようなことを言っていたので、私も行ってみることにしました。トンさんのセオムで行きましたが、考えてみれば昼に日本料理店なんて贅沢の局地でして(笑)、ただ、マスターの小林さんとも話しがしたかったし、ティンさんと一緒に現れて、驚かしてもみたかったので(笑)。結局、ティンさんとは入違いだったようで会えませんでしたが、小林さんと1時間ほどお話しました。

  学校に戻るとミンさん、ダオさん、そしてノイバイに迎えに来てくれた3人のうちのひとり、ガーさんがやってきました。W田先生と5人で近くのパン屋へお茶しに行きました。この店は赴任中よく学生たちとアイスクリームを食べたり、こっそりビアホイを飲みに行ったりした、思い出の店です。W田先生はビールはあまり飲みませんので、私とミンさんがビアハノイ。グラスにダー(氷)を入れてもらい、まったくもう、こいつら、いくら飲んでも許してくれません。

   

    このホームページは、あくまでも私の個人ページなので、ちょっと書かせてもらいますが、正直なところ、今回ハノイで再会した学生たち、日本に連れて行くことができなかった学生たちこそが、いや、彼女たちの潜在的な資質、簡単に言うと明るさとか、無邪気さとか、そういったものこそが、ベトナムの医療が求めているもの、我々の「ベトナム人看護婦養成支援事業」が養成しているものなのではないのかな?と思ってしまいます。いみじくも、昨年末、最終的にハノイに残していくことになった10人とお別れの食事に行って帰ってきた日本語のH家先生が「この子達がいなくなったら、静かな教室になるね。点数だとか、日本語力だとかとは関係なく、5期の教室を造ってきたのはこの子達だもの」と、しみじみおっしゃっっていたのが、今更のように実感できました。こいつら、本当によく頑張っていました。だって、たった1年3ヶ月で、全くの0から始めた日本語の能力検定試験、2級の資格を立派に取得した子達なのですから。
   一旦学校に戻って少し休んだ後、W田先生と先日行ったタインさんの御両親がやっているビアホイ屋に行ってみることにしました。ここからが大忙し、18:00に学生たちとチャオガーを食べ、20:00に伊藤先生とビアホイに行く約束があります。
   いざ行こうという時になって、「通訳が必要だね」(笑) 学生たちの寮に誰かいないか探しに行くと、案の定、ビアハノイで酔ってしまったミンさんと、ダオさんが6期生の部屋に入れてもらって休んでいました。「タインのお母さんのビアホイ屋に行くけど、行かない?」と誘うと、飛び起きてきました(笑)タクシーを呼んでお店に行くと、先日お会いしたお父さんが喜んで迎えてくれます。例によって2階に行くと、タインさんのお母さんがビアホイを持って歓迎してくださいました。

 

    お母さんが、「タインが日本で先生によくしていただいて感謝しています。これからもよろしくお願いします」とおっしゃるので、「タインさんは(他のベトナム留学生が同じ学校におらず)一人で学校に行っていますが頑張っていますよ。実は、彼女が行っている越谷の看護学校は私の母校の大学の近くです。越谷には友達がたくさんいます。何かあったら協力しますから、安心してください」と伝えると、本当に嬉しそうに、何度も握手してくださいました。そして、私からも「タインさんも、日本に留学している学生も、みんな私やW田先生の教え子です。でも、ここにいる3人の学生も、ハノイに残っている学生も、みんな私たちの教え子です。このお店に遊びに来た時には、この子達のことをよろしくお願いします」と伝えました。通訳してくれていたダオさんは「先生、そんなこと、恥ずかしくて言えません」なんて言っています。ミンさんは、W田先生に「いい先生ですね……」なんて、日本語でしんみりしています。まったく、こいつら……。「照れないで訳せ!」と伝えさせて、お店を後にしました。あ、チャオゾーが美味しかった!(^。^)
    さあ、ここからが大変です。タクシーを呼んでもらって大急ぎで学校に戻ると、お腹を空かせた学生たちとG藤先生が持っていました。約20分の遅刻。早速屋台のマダムにお願いして、宴席を作ってもらいました。まずはガー(鶏)の足を一本ずつ齧り、私はruo(濁酒)をちびちびやりながら、学生たちの話に耳を傾けます。W田先生ファンのランさんは先生の隣りに座って嬉しそう。私の右隣りにはトアさんが陣取り、うち輪で一生懸命扇いでくれます。左隣りにはスワントゥイさん。彼女はたくさん話しがしたいそうです。この子達12人、全員で日本に来てほしい。もう、「アシギリ」を自分の口から言い渡すことだけはゴメンですね。
 

    20:00をだいぶ過ぎて、お腹も一杯になったところでみんなで記念撮影。明日は土曜日、日本語の模試もあるので、早めにお開きとなりました。私はトンさんのセオムでホテルへ。拙いベトナム語で明朝9時に迎えに来てくれるように頼むと、喜んでくれました。
    さてさて、ホテルに戻ると伊藤先生からメッセージが入っており、20:30過ぎに戻られるとのこと。私も一旦部屋に戻って着替え、伊藤先生のバイクでホアンキエム湖に近いジャズバーにビールを飲みに行くことにしました。旧市街は外国人向けのミニホテルが点在し、欧米人を中心にツーリストが多いためか、このような店が何軒かあります。私も赴任中に何度か寄ったことがありました。今日はビートルズの生演奏だそうで、伊藤先生はジャズではなかったことが、ちょっとご不満の様子でした。
 ここで伊藤先生からうれしいお誘いをいただきました。来年の5月に、日越の教育関係者をハノイに会して、教育セミナーを開催するのだそうです。これは両国の中学、高校教育関係者が10名ずつ集まり、ディスカッションしようというものです。5月の連休を入れた1週間ほどだそうで、開催が決まったばかりとのこと。伊藤先生から是非にというお誘いをいただきました。また、昨年末にハノイを訪問してくれた大学時代の先輩の青木さんもと提案しました。先生と青木さんも、昨年末にハノイで会っており、その時もビエッタンホテルを利用したのでした。
 そんなこんなで、午後から忙しい1日でしたが、実りの多い一日でした。

8月18日(金)晴れ  「ちょっと心残りが………」

  明日帰国しなければならないと思うと、寂しくなってきます。今日も伊藤先生とホテルのフォー屋で朝食をとりました。そして近くのドンスアン市場まで散歩に出かけ、バチャン焼きの珈琲フィルターとカップのセットを買いました。なかなかお洒落なカップです。
 ホテルにいったん戻り、着替えてからロビーに降りると、アインさんという双子のベトナム人女性が来ていました。彼女たちは伊藤先生のHPの掲示板を通じて、お互いに名前だけは知り合っています。ハノイ外大の日本語科に在籍している学生さんで、きれいな日本語を書いています。今回はちょっと顔を合わせて挨拶しただけでしたが、次回はもっとお話しできればと思います。
 迎えにきてくれたトンさんのセオムに乗って、学校に向かいました。学生たちとは今日で暫しのお別れ。次に会うときは東京で受験の直前ということになります。午前中は手の空いた先生方と受験のことや教材のことなどを話し、パソコンの面倒をみて過ごしました。今日は日本語の模擬試験が行われています。
 お昼は、H田先生、G藤先生と市内の美味しいフォーの店に行きました。フエ通りのホム市場に近い辺りにあるお店まで、3台のセオムで並んで向かいました。この店はフォーボー(牛肉入りのうどん)の美味しい店だそうで、割と小綺麗な、言い方を変えるとちょっとベトナムらしくないお店です(笑)箸もきれいですし(笑)G藤先生おすすめのフォーボーはとても美味しかった。「朝はフォーガーを食べて、ドンスアン市場まで散歩に行ったんですよ」なんて話すと「すご〜い!陣内先生、相変わらずアクティブですね〜」なんて言ってくださいます。でも、最近のG藤先生、以前よりも精力的に動いていらっしゃるような気がします。
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 食後は近くにあるカフェマイへ。ここは美味しいベトナム珈琲を挽き売りしてくれる店で、斜向かいに喫茶店もあります。毎週日曜日の午後、この店でバインミー(サンドイッチ)を食べながらのんびりしたことを思い出します。実は今勤務している東京予備校でベトナム珈琲が好評で、生徒からも豆を買ってきてほしいと言付かっています。バンメトートォ産が一番美味しい(と私は思うのですが)合計4キロほど購入して来ました。
 学校に戻り、トンさんと5時半に校門の前で待ってくれるように約束し、写真を撮りました。G藤先生曰く私が帰国してからしばらく学校の前にはいなかったようなのですが、最近復活していた様子。私が来ることを虫の知らせで感じていたのでしょうか?(笑)彼は大学の経済学部を卒業し商社で働いていたのだそうですが、「つまらないからやめた」そうで、ご自慢の大学生の息子さんと、奥さんと三人で暮らしながらセオムの仕事をしているそうです。「今度はいつ来るんだ?」「ハノイに来たら、必ず連絡しなさい」と片言の英語で言ってくれるのがわかります。
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 午後からは伊藤先生が学生たちの激励に来てくださることになっています。去年の夏、暮れと、ハノイでお会いする度に訪問していただき、ご自分のHPでも紹介してくださっています。今回は東北電力の関連会社に勤めていて、日本語の非常に達者なマイアインさんという男性も先生と一緒に訪問してくれました。以前にも何度かお会いしたことがありますが、彼は伊藤先生の通訳もされています。
 いつものように、日本語とベトナム語を交えてディスカッションしてくださいました。普段は我々講師陣以外の日本人と接する機会があまりない彼女たちですが、さすがに緊張しているのでしょうか、元気がない(笑)しかし、おみやげのお菓子をいただいたり、先生のご出身大学に進学している5期生のフーンさんの話をしているうちに、だんだん笑い声も聞こえてきました。伊藤先生がベトナム語と日本語ちゃんぽんで笑いをとってくださり、最後はどっと反応していました。
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 伊藤先生とマイアインさんに講師室で休んでいただき、明後日帰国するW田先生も交えて学生たちと話す時間を設けました。W田先生は彼女たち6期生を直接教えたことはないのですが、一緒にフォーを食べに行ったり、先生のファンの学生もいて仲良しなのです。まずはW田先生から激励していただいて、私の方から先日約束したスワントゥイさんの鶏の縫いぐるみの名前を発表しました。「美国」と黒板に書いて「美しい国、どこの国が一番美しいと思いますか?みなさんはベトナムだと言うでしょうし、私は日本だと思います。そしてね、この2字を中国語で読むと、メイグゥオと言って、アメリカの意味になります。トゥイさん、英語が苦手ですね?(笑)先生も苦手です(笑)だから、英語を使う国アメリカという言う名前の縫いぐるみを大切にして、毎日勉強してください。そして英語を使って、ベトナムという美しい国から日本という美しい国へ、胸を張って留学できるようにがんばってください。トゥイさんだけじゃない、みんなもそうです。次にみんなと会う日は、都立看護学校の入学試験の2日前。成田空港まで迎えに行くからね」と話しました。全員で日本に来ることができればよいのですが、それはこれからのがんばり次第。学生だけではなく、ハノイの先生方、東京の事務局にもがんばってもらわなければ実現できません。もちろん、日本で待つ我々も、効率のよい受験期の指導を模索していかなければ。学生たちを前にして、決意を新たにした次第です。この後、待っていてくださった伊藤先生たちと記念撮影をし、日本での再会を約束しました。Y田先生、H田先生、G藤先生とも暫しのお別れです。次は東京で!
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 しばらく講師室でのんびりしていると、5期生のガーさん、オアインさん、ミンさんがやってきました。W田先生と5人で近くのビアホイ屋へ。ミンさんも、ビアホイ(笑)1時間ほど思い出話に花を咲かせました。そして、やはり最後はチャオガー屋台。H田先生も座ってくださり、チャオガーを食べました。
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    私は日本から持参した水筒にジオ(濁酒)を詰めてもらいました。マダム・リーも明日帰国することがわかっている様子で、「ホテルで飲みなさい」と言ってジオを一本プレゼントしてくれました。6期生の学生たちも何人か寄ってきて、お別れです。マダムリーさん、セオムのおじさんたち、先生方、学生たち、一人一人と握手して、トンさんのセオムに乗り込みました。今思えば、赴任中毎日接し、共に笑い、飲んだのはこの人たちです。もう少しベトナム語を解することができれば、もっといろいろなことを学ぶことができたのにと思うと、残念でもあります。帰国後、G藤先生からのメールで、このセオムのおじさんたちの一人が亡くなったという連絡を受けました。どの方なのか、名前を聞いただけでは思いだせないのですが、残念です。
 ビエッタンホテルに到着し、ここでトンさんともお別れです。ホテルの前でティンさんが待っていてくれたので、彼女を介してトンさんとお別れの挨拶をしました、トンさんは「彼と話していると、とても楽しい。気持ちのよい青年で、帰ってしまうのが残念だ。また、必ずハノイに帰ってきてほしい」なんて言ってくれたそうです。
 今日のティンさんはシルクのドレスでちょっとおしゃれをしています。実は、先日私と会った後にハノイ近郊のシルク織物の有名な村に行って来たそうで、私にもシルクのネクタイをおみやげにしてくれました。本人曰く「お揃いのネクタイです」とのこと。伊藤先生との待ち合わせ時間が20時ということで、まだ時間があります。そこで、ホアンキエム湖畔まで散歩がてら買い物に行くことにしました。多少のおみやげも用意して帰らなければなりません。
 小一時間ほどしてホテルに戻ると、伊藤先生が待っていてくださいました。最後の夕食はティンさんも交えてチャーカーを食べようと言う約束だったのです。また、EIKHO HANOI という日本の予備校資本の日本語学校に勤めていらっしゃる河口さんという方も来てくださることになっています。実はティンさんの上司ということになるのですが、今日会うことは彼女には内緒にしてあります(笑)
 8時を過ぎた頃に河口さんと、もう一人男性の日本人教師の方が到着しました。ティンさんも、河口さんたちも驚かれた様子。実は伊藤先生は数日前にEIKHOの事務所に行かれたときにティンさんとは挨拶されたとのこと。河口さんと伊藤先生がしばし打ち合わせされている間に、5期生の学生たちが3人、お別れに来てくれました。'ヒロスエ'フォンさん、ガーさん、オアインさん。夕方学校にヒロスエが現れなかったので不思議に思っていたところ、父親の実家に行っていたとのこと。大学の合格報告に行っていたのでしょう。彼女のお父さんは医者で、現在はアフリカで勤務しています。彼女も大学在学中には留学したいとの希望を持っているようです。「ヒロスエ!英語勉強しなきゃだめだぞ!」と声をかけると、すかさずオアインさんが「ヒロスエだけですか?」(笑)うんうん、みんながんばれ!
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 彼女たちを見送ってからチャーカーラボンに向かいました。と、ところが、最後の最後で残念な事件(笑)が起こりました。明日で帰国だと言うのに、店内にヒエンさんの姿が見えません。しばらく待ってみても現れないので、見覚えのある店員さんに尋ねたところ、彼女はもう帰宅した後でした。普段は9時までは仕事しているはずなのですが、たまに体調が悪かったりお店が忙しくないと早めに上がってしまうことがあるのです。今日は、運悪くその「たまたま」に当たってしまったようです。今回の滞在中、今日で4回目の来店なのに、写真を一枚も撮っていない……。先ほどホアンキエムまで散歩した時に店の前を通りかかり、後ろ姿をちらっと見たのがお別れになってしまいました。また、小さな心残りが残ってしまいました。
 最後のチャーカーも美味しくいただき、店を後にしました。
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    テインさんはチャーカー初体験だったようですが、美味しいと言っていました。私は明日の朝の便で帰国することになっていますが、ホテルまでティンさんが見送りに来てくれることになって、彼女は帰宅。伊藤先生、河口さんたちと4人で、大教会近くのビアレストランに行くことになりました。ここは欧米人の観光客がよく利用するしゃれた店で、私も一度行ったことがあります。河口さんも、例の教育セミナーに賛同し、協力してくださることになっています。ベトナム側との折衝も彼が引き受けてくださるそうで、これからもお会いする機会も多いと思います。

8月19日(日)晴れ   帰国

  7時過ぎにフロントまで荷物を降ろし、一旦部屋で身支度を整えて戻ると、ちょうど伊藤先生とティンさんが外から帰ってきたところでした。朝食に行かれた様子でした。フロントで精算をしてもらうと、今回の滞在費は180$程度。一泊15$のミニホテルは、我々にはありがたい金額です。もっともバックパッカーと同じようにドミトリーを探してもいいのですが、今は快適さを求める欲求の方が多少は上回っています。
 伊藤先生に、持参した先生の御著書『ハノイの路地のエスノグラフィー』にサインをいただき、今回のお礼と5月のセミナーへのお誘いのお礼を申し上げ、ティンさんとホテルの車に乗り込みました。今日はピンクのアオザイ姿。彼女から前回帰国した後にもらった手紙に入っていた、大学卒業式の時に着ていたもののようです。「大学の卒業の時のアオザイ?」と尋ねると、恥ずかしそうに微笑んでいました。
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まあ、ちょっとは期待していましたが、空港まで送ってくれるとは……。空港までの車中、助手席のホテルのスタッフが彼女に矢継ぎ早に質問しています。ベトナムで現地の女性と仲良くしていると、「子供いるのか?そうか結婚していないのか?ベトナムの女性はいいぞ。結婚しなさい。絶対いいから」と意味もなく言われることが多いのですが、今回もその手の話のようです。彼女は笑いながら、時々頷きながら答えています。「何て言ってるの?」と聞いてみると「おもしろい話ですが、内緒です」やっぱり(笑)まあ、心配しなくても、彼女は私の妹ですから(笑)
 その妹のティンさんですが、だんだん空港が近づき、別れが近づいて来たからか、なんとなく元気がなくなってきています。ハノイで両親と離れて一人暮らしをしていますから、寂しいことも多いのでしょう。日本人の偽兄貴とはいえ、この1週間を楽しみにしてくれていた様子でうれしく思いました。車は紅河を渡る長い橋を渡り終えましたが、この橋の一帯に新しい工業団地ができています。日本人の技術者が派遣されているようで合弁の企業も多数入っている様子。そんな企業の人たちに、彼女は日本語やベトナム語を教える仕事をしています。
 ノイバイ空港に到着し、荷物を降ろすとホテルのスタッフとお別れです。親切にもティンさんを市内まで乗せていってくれるとのことで、気を使ってくれたのか駐車場に移動していきました。
 今日は予定通り飛びそうです。まだ少し時間がありますので、しばし談笑しました。ノイバイ空港はビルの入り口までしか見送りの人は入ることができません。新空港ビルがまもなく完成しますが、さあ、どうなることでしょう。寂しそうな顔をするティンさんと「もうすぐ日本で会えるのだから、元気を出して!」と握手して別れました。空港ビルに入り、セキュリティーチェックに荷物を通してから振り返ると、手を振ってくれる彼女が見えました。手をふりかえし、しばし進んでからもう一度振り返ると、ちょうどアオザイを翻して、歩き始めた彼女の後ろ姿がありました。

 旅立ちと違って、帰りの空港待合室は寂しいものです。思えば、ベトナムから一人で帰国するのは初めての経験。昨日会えなかったチャーカーラボンのヒエンさんのことを思いだし、売店でカールスバーグを1本買ってきて飲みました。昨年の半年間の赴任中、様々なことがありましたが、もちろん学生たちの笑顔が一番の報酬だったわけですが、ヒエンさん、ティンさん、他にもマダム・リー、某店のハーちゃんなどなど、お酒を飲みながらふっと息が抜ける空間を演出してくれた、彼女たちの存在は私にとってかけがえのないものでした。今回は、彼女たちにお礼を言う旅であったと言っても過言ではありません。それだけに、ヒエンさんとゆっくり話すことができなかったのが残念です。まあ、また来ればいいのですが(笑)
 今回の旅では、伊藤先生の定宿であるビエッタンホテルに宿を取ったことが正解でした。経営体制が以前とは変わってしまったようで戸惑いましたが、気持ちよく9日間を過ごすことができました。伊藤先生からは来年5月の教育セミナー参加という、大きなおみやげをいただきました。またEIKHO HANOIの河口さんとは赴任中に一度だけメールでやりとりしたことがありましたが、これからもお世話になることと思います。まさか、ティンさんが同じ職場にいるとは思いもしませんでしたが(笑)
 ベトナム看護婦事業に関わってから、様々な小さな偶然を経験しました。今回の旅で、それが少しずつ大きなものになりつつあることを感じます。そんなわけで次回の訪越予定は5月。まだ先のようですが、秋も深まる頃には受験が始まります。6期生の受験を終える頃には桜の季節。これからの半年はあっと言う間なのです。今回の学生たちの様子もふまえて、受験に向けての体制を整えなければなりません。JFBのみなさんや、先生方と知恵を出し合って、結果を残していくための努力をしたいと思います。
 意外に空いているベトナム航空で最後のハリダビール。香港空港で好例の青島ビールの生を飲み干し、東京行きJALの機内へ。「東京の気温21度」と言う涼しさに驚きましたが、同時に明日からの授業のことに頭は飛んでいきます。東京から持ってきた学生たちの小論文の添削などをして無事に到着。税関で「どちらからですか?」「香港経由でベトナムから」「ベトナムから香港経由は珍しいですね」(はあ?何言ってんの?ヤダヨ開けるのはと思いつつ)「ハノイですから」「あ、ハノイですか?珍しいですね」そうかなあ?と思いつつ、通じたようで通じていない会話をしつつ通過しました(笑)久しぶりにPHSの電源を入れると、日本にいる留学生たちからメールやら留守電がたくさん入っています。「先生おみやげは何ですか?」「先生、チャーカーは何回食べましたか?」うるさいっての!(笑)「先生、ヒエンさんを連れて来ましたか?」何でだよ!(笑)

   そんなこんなで、「努くんのハノイ紀行2001夏」完結です。「忘れ物探しの旅」は「大きな未来へのおみやげをたくさん拾う旅」になりました。今回出会ったたくさんのみなさんに感謝しつつ筆を置きます。そうそう、ほんのちょっとの心残りは、また5月に取りに行きます。(笑)
       最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。(文・写真:努くん)