努くんの部屋へ戻る    何となく、回顧録のようになってしまったような気もしますが…



執筆・出版に関わった書籍の紹介
 「シェークスピアに名言辞典があるのだから、史記にあってもいいんじゃないのか?」独特の語り口から発せられた言葉は、有無を言わさず僕たちを「史記」の世界に誘った。1988年、大学入学直後の夏。我が恩師・水沢利忠教授の研究室に集まった僕たちは、「何だかわからないけど、とてつもなく大きな流れに巻き込まれた」ことだけは理解した。
 名言名句は、いつの間にか「史記正義」の索引に変わっていた。2年半かかって抜き出した「史記正義」の条文は、817ページの書籍になった。文部科学省の科学研究助成と、出版助成、さらには恩師水沢翁のパトロンである静岡新聞社、発行元の汲古書院の経済的な援助、印刷=膨大な数の「外字」の活字化という難事業を引き受けてくださった朝日印刷さんの採算を度外視した努力、研究会に参加された先生方、そして、まだ学問的な裏付けもなく、ひたすら漢字を追っていった名もなき学徒=僕たちの献身的な努力によって、完成したのは2004年2月のことだった。
 2004年8月、某都の西北にある大学の大学院東洋史専攻の合宿に参加した僕に、ある今は有名なってご活躍の先輩は、酔っぱらったあげくに次のように仰った。「キミがやっているようなのは研究でもなんでもない。もっとお偉い立派な先生が、既にきちんとまとめているんだ。わかるかね?」わかるもなにも、「お偉い立派な先生」は我が恩師・水沢利忠。カードを作り、索引の原稿を書いたのは僕たちだから(笑)
 1992年2月、中国・陝西省韓城にある、史記の作者・司馬遷の生地を訪ねた。2年後の8月にも、恩師・水沢先生をお連れした。その直後に、当時千葉大学にいらっしゃった田部井先生から、「韓城の写真を提供して欲しい」と言うことで、司馬遷の祠墓の他、三国志の舞台である漢中や五丈原の写真を提供した。 端書きに「写真提供者」として名前を載せていただいた。出版社から掲載本と謝礼金が送られてきたけど、たしか仲間で呑んじゃった記憶が…(笑)

 この本、全編カラーで作れば、もっと良かったのにと残念に思う。図書館や学校の国語科の研究室などには必ず置いてあるので、時々見てはニンマリしている(笑)
 文教大学文学部中国語中国文学科を卒業した後、都の西北にある某早稲田大学大学院東洋史専攻の研究生になった。その頃、漢代史がご専門の福井重雅先生のゼミに入れていただいて、東洋史学演習のテキストとして読んだのが「漢書司馬遷伝」であった。上記「史記正義の研究」に関わっていたこともあり、また福井教授が水沢先生のお弟子さんであったと言うこともあって、研究生なのに翻訳、注釈のメンバーに加えていただいた。僕が参加したのは、司馬遷と班古まで。

 僕が担当した箇所のオリジナルは「前四史撰者列傳の研究『漢書』司馬遷傳譯注(上)」(前四史撰者列傳研究ゼミナール)として「史滴」第18号(早稲田大学東洋史懇話会機関誌:1996年12月)に収録されている。→

 当時福井先生が、「将来的に本にまとめましょう。」と仰っていたのを覚えているが、本当に出版されていたとは…
新釈漢文体系の「史記」列伝は、我が恩師・水沢利忠教授が担当することが告知されてから、20年近くほったらかしだったのだそうだ(笑)1冊目が出たのが、僕が学部2年の時だった。1989年7月にお茶の水の湯島聖堂で、出版記念のパーティーをやった。「一番新しいお弟子さん」と紹介されて、挨拶をさせていただいた。

 そして3冊目、なぜか「文字校正」作業をお手伝いした。だから、ほんの少しだけ原稿に触ったと言うことです(笑)
他にもあるのですが、基本的にゴーストライターが多いので、確実に関わったと言える上記の、4冊の紹介に留めます。



恩師・友人・知人の著作物紹介
友人の著作 3冊
○「大人のマジック」中島弘幸
 著者の中島氏は、学部時代の先輩。僕らは当時からマジシャンと呼んでいる。
実はテレビの「なるほど!ザ・ワールド」に出ていたトランプマンとして活躍していた。現在もフリーランスのマジシャンとして活躍中。

○「指さし会話帳 ベトナム」&「食べる指さし会話帳 ベトナム」池田浩明
 著者の池田氏とは、ネット上で知り合った。ハノイ生活の先輩。日本では会ったことがないのだが、ハノイでは2回呑みに行った。「食べる〜」の取材に、少しだけ協力した(笑)



恩師・兄弟子・後輩の著作 不思議な気分(笑) 3冊
 
○「京都時代MAP 幕末・維新編」
 高校時代の恩師の企画で、弟さんが編集した本。(公立高校の教諭なので、お名前を記載できない)幕末の地図に、現代の地図をトレーシングペーパーで重ねると言う画期的な手法の地図。オモシロイ。

○「狐退治」
 著者ではないのだが、表紙のイラストを担当したのが高校の後輩でイラストレーターとして活躍中の、とやまみーや氏。上記の恩師の兄妹弟子でもある。彼女のHPはhttp://omiyaepiqri.web.fc2.com/

○「楽しく使える故事熟語」 他著書多数 謡口 明
 学部時代の恩師。実は高校の恩師↑の高校時代の恩師(笑)だから僕は、孫弟子と言うことになる。初めてひとり暮らしを始めた頃に、よく呑みに飲みに連れて行ってもらった。いろいろな意味で、公私ともにお世話になった。現 文教大学文学部教授。



日本ベトナム教育セミナーで出会った方々の著作 5冊
 ・ ○「育自・共育あらかると」 戸田有一
 2002年5月の第1回日本ベトナム教育セミナーで出会った、大阪教育大学の先生。セミナーの実行委員のメンバーとして意見交換するうちに、意気投合してしまった。年齢的には先輩なのだが、学生時代の悪友のような存在。今後も一緒にオモシロイ仕事をしていきたいと思う。京都の某出版社の社外編集員。僕の本も企画してくれている。

○「子どもとゆく」 藤田 悟(「子どもとゆく」編集部)
 同じく第1回日越教育セミナーで出会い、その後も参加してくださった茨城キリスト教大学の先生を中心に出されていた「子どもとゆく」というミニコミ誌をまとめた物。紙面からも、藤田さんからも、様々な示唆をいただいている。
○「ベトナム 不思議な魅力の人々」
○「ハノイの路地のエスノグラフィー」 伊藤哲司

 伊藤さんとは2000年4月の第1回日越インタースピーチコンテストに、教え子ベトナム人の応援に行ったときに出会った。2001年8月にハノイで、翌年5月の開催がその日に決まったばかりの第1回日越教育セミナーへの参加を誘っていただいた。 以後、実行委員として(伊藤さんが実行委員長)意見を交えるが、なかなか意見が合わないことが多い。その理由はよくわからないのだが、どうやらベトナムに対して向かっているベクトルが違う向きらしいと言うことに、最近気付いた。この2冊の本はベトナム語にも翻訳されているが、不思議なことに彼の周辺のベトナム人は「面白い」と言い、僕の周りのベトナム人は「この人は、ハノイの表側しか見ていません」と言う。決して批判ではなく、オモシロイなと思う。現 茨城大学教授。

○「アジア映画をアジアの人々と愉しむ」 山本登志哉
 伊藤さんに誘われて参加した「円卓ML」と言うメーリングリストで出会った。この映画の企画にも参加したかったのだが、教育セミナー関係でギクシャクしていたので参加しなかった。ちょっと後悔している。山本さんとはハノイで一度お会いした。



恩師諸先生方の著書 とりあえず14冊
「史記会注考証」・「史記会注考証校補」 瀧川亀太郎・水沢利忠
 日本の史記研究の集大成、瀧川亀太郎博士の「史記会注考証」を補訂したのが、我が恩師・水沢利忠博士の「史記会注考証校捕」である。合わせて22冊、全巻揃った状態ではもう入手困難である貴重本。僕の本棚には、水沢先生に頂いたものが全巻しっかり収まっている。
○「多久漢文講義の実況中継」 他 著書多数 多久弘一
 浪人時代の恩師。多久先生に出会っていなかったならば、多分僕は大学に入れなかっただろうし、漢文を専攻することもなかった。もちろん、国語の教師にもなっていない。
 1994年8月、水沢先生をお連れして中国・陝西省を旅したときの移動中、名古屋駅の新幹線改札口で偶然お目にかかったのも、何かの縁であろう。
 浪人生の頃から年齢不詳だったけれど、まだまだご健在。

○「日本における中国語文法研究史」 牛島徳次 他、著書多数
 最近、中国語を学んだ同年代より上の方と話していると、牛島先生の名前が良く出てくる。先生が教壇からリタイヤする直前に親しく学んだことは、ちょっとした自慢になることがある。この本は、退官記念の1冊。

○「中国古典の学び方ー現代中国語を基にしてー」
 訓読で漢文を読んでいた僕に、現代中国語の視点から読むことを教えてくれた1冊。学部4年の時に語学クラスの必修授業を思い切って履修した「中国語演習(古典)」の名講義と共に、一生忘れることはないだろう。

○「漢語文法論(古代編)」
 水沢先生のご自宅の本棚にあったのを、おねだりして頂いて入手。牛島先生にサインをお願いすると、「どこで見つけてきたの?」と嬉しそうだった。未だに、文法的にわからなくなると開くことがある。

 牛島先生が亡くなって、10年以上になる。お酒が大好きで、呑むとちょっと、いや相当「助平」になる先生の、悪戯っぽく冗談を言ったあとに言い放つ「没関係」(「な〜んてね」「関係ないよ」「どうでもいいよ」って感じの中国語)の声が懐かしい。
. ○新時代の芥川龍之介
○小林多喜二の文学 松澤信祐

 松澤先生には、お世話になった。学部4年の時にあえて履修した一般教育科目の「文学」。近代文学の流れを作家毎に追っていき、最後は宮本百合子で終わるという、何をか言わんや(笑)でも、100点くれたなあ。
 「新時代の芥川龍之介」は、僕はハノイに赴任している時に実家に送ってくださった。退職後も中国・河北大学の教壇に立たれるなど、まだまだお元気。
○論語ー自由思想家孔丘 全訳と吟味 新島淳良
 学部1年の「中国哲学概論」、新島先生は「論語」をテキストにして「仁とは何か」と問いかけられた。僕は、「自由」と答えた。先生は「僕も同じ考えだよ」と微笑み、この本にサインを入れてくださった。
 毛沢東に傾倒し、文化大革命に失望し、ヤマギシズムの中で生きた、ある意味「極左」と言われた人物。毛嫌いする人も多いが、学問的な業績は大きかったと僕は思う。

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